告白ー『サクラサク』と『いろは』ー

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告白ー『サクラサク』と『いろは』ー

 春の柔らかい風に乗って、はらり、はらりと、淡いピンク色の花弁(はなびら)が舞う。そんな桜並木を、僕は麻里絵と二人で並んで歩く。僕も麻里絵も、真新しい高校の制服を着ている。そんな麻里絵の肩に、花弁が一枚、ふわりと乗った。僕はそれをそっと手で摘む。 「綺麗な花弁だね」  僕がそう言うと、麻里絵は『そう?』とでも言うかのように、首を小さく傾げた。  僕と麻里絵は家が隣同士で、本当に幼い頃からの腐れ縁だ。麻里絵は見た目こそ綺麗な顔立ちをしているが、男勝りで、喧嘩をすれば僕など歯が立たない。そのせいか、どちらかというと男子からは敬遠されがちだ。だからといって、女子と仲がいいかというと、そういう訳でもない。女子特有の『群れる』という行動が、麻里絵は苦手なのだそうだ。そういうわけで、麻里絵には友達らしい友達は僕くらいしかいない。  だけど、正直に言うと、僕は小学生の頃からそんな麻里絵が好きだった。僕の前でしか見せない笑顔、僕の前でしか見せない怒り顔、そして僕の前でしか見せない照れ顔。僕にとって麻里絵は特別だったし、麻里絵にとって僕も特別な存在だと思っている。 「ある学校の合格通知は、『サクラサク』って書いてあるのよ」  何の前触れもなく、唐突に麻里絵が言った。 「なんか、それ知ってるよ。不合格だと、『サクラチル』だっけ?」 「普通はね。でも、その学校は不合格通知は一捻りしてあるのよ」 「へえ、いったい何て書いてあるの?」 「『いろは』だよ」 「どういうこと?」  僕は首を捻った。 「いろは歌を考えればわかるわよ。『いろは』の続きは?」 「いろはにほへとちりぬるを……」 「ほら、『ちり』って出てくるでしょう?」 「へえ、たしかに捻ってある」  僕は思わず感嘆の声を上げた。  僕はずっと、高校生になったらしようと決めてきたことがある。麻里絵に告白することだ。僕の中で山のように積もり上がった麻里絵への気持ちは、もう押し留めようとしても抑えきれないほどに限界を迎えている。告白が成功しようが失敗しようが、なんらかの形で一度清算しておく必要があった。  僕が立ち止まると、それに合わせて麻里絵も立ち止まった。 「ねえ、僕はずっと麻里絵に言いたいことがあったんだ」 「何?」  麻里絵が小さく首を傾げる。僕は一度大きく深呼吸して、高鳴る心臓をむりやり押さえつけて、思い切って口を開く。 「僕はずっと麻里絵のことが好きだった。付き合って欲しい」  麻里絵は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐにフフフと小さく笑った。 「返事は明日でいい?」 「構わないよ」  僕はそう答えた。  翌日、僕と麻里絵は同じように桜並木を並んで歩く。麻里絵はカバンの中を探り、何かを取り出して僕に差し出した。 「昨日の返事」  麻里絵は素っ気なくそう言った。麻里絵が手にしていたのは、桜色の封筒だった。僕はそれを受け取り、丁寧に封を切る。中から取り出した手紙には、ひらがなが三文字。『いろは』、それだけだった。  僕はその場でがっくりと項垂れた。麻里絵が僕の告白を受け入れてくれる自信があったわけではない。だけど、こうやって実際にフラレてみると、その衝撃は想像していたよりもずっと大きい。  そんな僕を見て、麻里絵はケラケラと笑いながら、 「ちゃんと裏も見てみてね」  と言った。  その言葉に、紙を裏返してみると、満開の桜の下で手を繋いで歩く僕と麻里絵の姿が描いてあった。僕が思わず言葉を失って顔を上げると、 「こんな女ですがよろしくおねがいします」  と、麻里絵は満面の笑みを浮かべた。
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