生前

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生前

 ――死んでからも就職活動、しなくちゃならないなんて。  生前、売り手市場だからすぐ就職決まるだろ。今の若者は(うらや)ましい。なんて心ない言葉を向けられ、実際はめっちゃくちゃ心身すり減らして苦労し、普通の事務仕事に就いた。  内定通知を手にしてホッとしたのも(つか)の間、そこはブラック企業だった。  就職活動し直したくないと、耐えて会社に居続けた結果、まるでご褒美(ほうび)とでも言うかのように彼氏が出来た。それはもう、自分好みの顔で、高学歴、収入はまぁまぁだったが、優しくて、気の利いて、自分には勿体ないくらいの出来過ぎた彼氏だった。  このまま結婚、そしてこんなブラックな会社ともおさらばして幸せな人生を送るの。ああ、神様はやっぱり見ていてくれた。ご褒美をくれたんだわ。と、やがて訪れるだろうハッピーエンドに胸を高鳴らせて、幸福に(ひた)りまくった一年を過ごした。  が、付き合いだして一年経った頃、不穏(ふおん)な空気が流れてきた。 「お前、非常識なんだよ」  何かにつけて、否定されるようになった。  最初は、あれ?何を怒っているんだろう?私何かしたのかなぁ。とか、ちょっと機嫌悪いだけよね。などと気にしない素振(そぶ)りで対応していたのが、どんどんとエスカレートしたのだ。  何か、もやもやとしたものが心の中に(よど)んでいることに気が付いてはいたが、その原因は分からない。否定される度に、私がおかしいのかなぁ?などと思って怒ることもせず流し続けた。  そして、そうやって自分の心を偽り、無理やり納得させ続けた結果。いつも困ることなく行っている通常業務(しごと)が、出来なくなった。  お客さんに、納期かかりますけどお待ち頂けますか?と確認する、本当にいつも普通にこなしている仕事だった。  それが、テンプレートのように打ち込んだメールの文章を見て、「この文章、お客さん、不快に思わないかしら?」と、今まで気にもならなかったそんな思いが心を(かす)めたら、送信ボタンを押せなくなって、何度も何度も、そのたった10行あるかどうかのメールを、1時間半もかけて見直し続けることになったのである。 「先輩、大丈夫ですか?」  後輩の言葉ではっと我に返る。そして自分の心が、いつの間にか壊され、死にかけていたことに気が付かされたのだった。  日常生活をするのに支障が出る程、自分の中の “ 何か ” が狂わされている。  例えば善悪のような基準。何が正しくて何が間違っているのかが分からなくなった。  この頃、買い物に行って、気に入った服を試着してみたいと店員さんに話しかけるのも、失礼なことをしているんじゃないかと、感じるようになっていた。  はっとすると、何時間もぼ~っと一点を見つめながら、空虚(くうきょ)な考え事をしている。  友人達に、彼氏のことを話してみた。皆が皆、それはおかしいと怒ってくれる。でも、それすらも、私の話に合わせて、私の悪い所を指摘しないように同調してくれているのだと、どこかで感じていた。  このままじゃダメだ。社会的に生きていけなくなる。  自分の中のか細い(せい)が、声を上げた。  どうしたらいいのか分からないまま、仕事終わりにショッピングモールを歩く。買い続けているコミックを買うためだった。  ふと、そこにある占いの店が目に入る。  手相、一回くらい見てもらいたいとは思っていたが、勇気が出ずに入店できなかったのだ。  それが、たまたまこの日、店内に座る占い師さんと目が合った。  店に入る覚悟をする必要も何もなく、すんなりと店内に吸い込まれる。 「こちらに、プロフィールをお願いします」  差し出された用紙に記入し、どんな占いを希望するのか、コースを書き込む欄がある。  どうしようかと迷っていると、占い師さんはそれならと総合的に見てもらえるコースを勧めてくれた。値段も手頃である。  迷うことなくそのコースを頼んで、身の上話をした。吐き出せずに溜まったもやもやを、長々と、小一時間も、黙って相槌(あいづち)を打ちながら聞いてくれる。  訊き終えて、手相(てそう)をまず見てくれた。 「現在を示す手相に生気がありません。今は、生命線に生かされていますね」  訊けば、右手は持って生まれた運命、左手は生きていく上で刻々と変わる運命を表すらしい。その左手に刻まれた(しわ)が、右手よりも薄くなっているとそういう評価になるという。そして、生まれながらにして持っている運命の生命線は、途切れることなく、長く手首近くまで伸びている。  成程、生命線に生かされている。  現状を(たが)わず(あらわ)していた。自分の中の何かが抜け落ちて、今にも消えてしまいそうだと思っていた。何をする気力もなく、ただルーティンをこなしているだけ。  後に、別の占い師さんに手相を見てもらったところ、 「立派な生命線だ。こういう人は、死のうと思って(はり)に縄を括りつけて首を吊ろうとすると、(はり)が折れるかロープが切れて、死ねないんだ」と言われた。(はり)が折れて家が潰れたら、生き埋めになって死ねるんじゃなかろうかと思ったことは内緒である。  手相の後に、タロットでも占ってくれた。  結果、「死神」の正位置。「運命の輪」の正位置。「審判」の正位置。  ――死ぬ努力しろってこと?  常々、厄病神(やくびょうがみ)溺愛(できあい)されてるとは思っていたが、こんな結果を引き当てるとは!?  私って、一体・・・・・・と唖然(あぜん)としてしまう。  結果は、心は決まっていて、それを突き進まないと死ぬかもしれないことが分かってるんでしょう?という意味らしかった。  最終的には、新たな出会いが必ずあるから、今の彼とは別れても大丈夫よ。と太鼓判(たいこばん)を押してくれたので、さくっと別れた。  DV被害者が逃げられない心境を身をもって体感した私は後に、モラハラという行為を受けていたと知る。名前がつくと、ちょっと安心した。  別れた後、精神回復には約2年、携帯の着信音にビビるのは未だに続いているが、何とか寸前で息を吹き返した私だ。
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