逆恨み

5/9
前へ
/54ページ
次へ
「ここは・・・・・・」  疫に連れて来られたのは、福の神達が多く住まう宿舎の屋上だった。  そこには、地上へ向けて雪のようにふわふわと舞う毛玉のようなものが、年中幻想的に降り(そそ)いでいる。  この綿の正体は、ケサランパサランという持ち主に幸せを運ぶ妖怪だ。植物なのか動物なのかは分からず、未確認動物として扱われている。  生育方法は穴の開いた桐の箱に入れて、おしろいを与えると増殖するらしい。それをここでは大量に育て、ポンプから絶えず排出されていた。 「戸ヶ(とがり)、ビニール袋頂戴」  疫が手を伸ばして催促(さいそく)するので、戸ヶ(とがり)躊躇(ためら)う。 「ちょっと、まさか・・・・・・」 「これで俺の力を増幅させれば、あのナイフ、壊すことが出来るかもしれない。でも歩杏ちゃんにも不幸が(そそ)がれちゃうから、半分は戸ヶ里が持ってって。夢渡さん呼んでもらったのは、幸福を増強してもらう為だから」  その真剣な顔に、戸ヶ里は渋々ビニール袋を手渡す。  疫はビニールをそのポンプの先に被せてケサランパサランを強奪し、ある程度溜まったところで袋を変える。  それを繰り返すこと10回。  まるで強盗のように袋を担いだ二人は、職場の屋上へと駆け戻る。  そこには、小結に呼び出された夢渡が既に到着していた。 「それは?」  二人揃ってパンパンに膨れ上がったビニール袋を5つずつ担いで登場したので、さすがの夢渡も聞かずにはおれなかったようだった。 「ケサランパサラン、ちょっと強奪させてもらっちゃった。俺の厄病神の能力を増幅させるために」  それを聞いた夢渡も小結も、そして戸ヶ里まで目を(みは)る。 「疫さん。歩杏さんを助ける為とはいえ、こんな大それたこと。事と次第によっては、始末書じゃ済まないかもしれませんよ?」  夢渡が目を吊り上げると、疫が唇を引き結んでから、口角を無理矢理上げて悲しい顔で笑って見せた。 「でももう、俺の大事な人が死ぬところを見るのは嫌だからさ」  チラリと戸ヶ里に目を向ける。  戸ヶ里は、疫がずっと自分の死を気にしていたのだと気がついて、絶句した。  その様子を見た夢渡が、ふ~っと息を吐く。 「一応、何をするおつもりかお聞きしても? あの老婆を死なせるようなことをするおつもりなら、私は手を貸せません」 「あの魂魄切断用ナイフ、あれさえどうにか出来ればと思って。刃が折れるのでもいいし、力が無くなるのでもいい」 「・・・・・・分かりました。貴方のその想いが届くかどうかは分かりませんが、助けたいというその思いは叶えましょう」  戸ヶ里からビニール袋を受け取った夢渡が、屋上の(すみ)へと移動した。  疫もその隣に立って、ビニール袋に力を()めるようにひと()でする。すると真っ白だったケサランパサランは、真っ黒に染まった。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加