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「ここは・・・・・・」
疫に連れて来られたのは、福の神達が多く住まう宿舎の屋上だった。
そこには、地上へ向けて雪のようにふわふわと舞う毛玉のようなものが、年中幻想的に降り注いでいる。
この綿の正体は、ケサランパサランという持ち主に幸せを運ぶ妖怪だ。植物なのか動物なのかは分からず、未確認動物として扱われている。
生育方法は穴の開いた桐の箱に入れて、おしろいを与えると増殖するらしい。それをここでは大量に育て、ポンプから絶えず排出されていた。
「戸ヶ里、ビニール袋頂戴」
疫が手を伸ばして催促するので、戸ヶ里は躊躇う。
「ちょっと、まさか・・・・・・」
「これで俺の力を増幅させれば、あのナイフ、壊すことが出来るかもしれない。でも歩杏ちゃんにも不幸が注がれちゃうから、半分は戸ヶ里が持ってって。夢渡さん呼んでもらったのは、幸福を増強してもらう為だから」
その真剣な顔に、戸ヶ里は渋々ビニール袋を手渡す。
疫はビニールをそのポンプの先に被せてケサランパサランを強奪し、ある程度溜まったところで袋を変える。
それを繰り返すこと10回。
まるで強盗のように袋を担いだ二人は、職場の屋上へと駆け戻る。
そこには、小結に呼び出された夢渡が既に到着していた。
「それは?」
二人揃ってパンパンに膨れ上がったビニール袋を5つずつ担いで登場したので、さすがの夢渡も聞かずにはおれなかったようだった。
「ケサランパサラン、ちょっと強奪させてもらっちゃった。俺の厄病神の能力を増幅させるために」
それを聞いた夢渡も小結も、そして戸ヶ里まで目を瞠る。
「疫さん。歩杏さんを助ける為とはいえ、こんな大それたこと。事と次第によっては、始末書じゃ済まないかもしれませんよ?」
夢渡が目を吊り上げると、疫が唇を引き結んでから、口角を無理矢理上げて悲しい顔で笑って見せた。
「でももう、俺の大事な人が死ぬところを見るのは嫌だからさ」
チラリと戸ヶ里に目を向ける。
戸ヶ里は、疫がずっと自分の死を気にしていたのだと気がついて、絶句した。
その様子を見た夢渡が、ふ~っと息を吐く。
「一応、何をするおつもりかお聞きしても? あの老婆を死なせるようなことをするおつもりなら、私は手を貸せません」
「あの魂魄切断用ナイフ、あれさえどうにか出来ればと思って。刃が折れるのでもいいし、力が無くなるのでもいい」
「・・・・・・分かりました。貴方のその想いが届くかどうかは分かりませんが、助けたいというその思いは叶えましょう」
戸ヶ里からビニール袋を受け取った夢渡が、屋上の隅へと移動した。
疫もその隣に立って、ビニール袋に力を籠めるようにひと撫でする。すると真っ白だったケサランパサランは、真っ黒に染まった。
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