幽霊の才能

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「これも、恨み?」  カマキリ眼鏡女に訊くと、眼鏡を押し上げながら「はい」と肯定する。 「最初のドアノブを上下させた男は、あの課長に無茶苦茶な仕事量を押し付けられて、この会社で過労死しています。自分のような過労死を撲滅(ぼくめつ)したい、という切なる願いから、浮遊霊となって、様々なブラック企業を巡っています。所属は浮遊霊課。パワハラから長時間労働していた部下の彼を、過労死させない為に、ああやって逃げるよう脅したのです。きっと彼は、このまま退職するでしょう。ビビりのようですから。そして、ハンサム男に()いていた女は、浮気女にイジメられて、恨みつらみを強く持った生霊(いきりょう)です」 「え?生きてんの?」 「はい。人を呪わば穴二つですから、じきにこちらの住人になりますが、今現在、まだ生きてみえます。こちらに来られた(あかつき)には、祟り課所属にスカウトする予定です」  素質も才能もあるらしい。 「ちなみに、刺された女性はこれから子宮摘出手術を受け、お腹にいた子供が助からないことはもちろん、子供を授かることは未来永劫(えいごう)ありません。因果応報(いんがおうほう)、というやつです。幽霊達は、それぞれの特性を生かして、現世(うつしよ)秩序(ちつじょ)を守るべく活動しています。ただ怖がらせたり、取り()いたり、(たた)ったりしているわけではありません」 「そうなんだ・・・・・・」  知らなかった。夏の心霊特番に教えてやりたい事実である。 「交差点の君には、類まれな運動神経と、飛び出して()かれ続ける勇気が。そして自分を振った男を取り殺した女には、一つの事に執着し続ける能力が。印刷室の彼には、浮遊しながら孤独と戦い、相手を怯えさせ、脅して人を助けるという、悲鳴を上げられても折れない心の強さが。最後に、生霊(いきりょう)の女には、罪悪感をかなぐり捨ててでも、相手を破滅(はめつ)に追い込んで不幸のどん底まで落としてやろうとした強い意志があります。もう一度伺います。貴女に、幽霊の才能はありますか?」  改めて問われると、才能があるとは、とても思えなかった。  運動神経は、もちろん良くない。勇気もない。  ブラック企業に勤めたが、叩き潰してやろうという気概は持たなかったし、モラハラ彼氏を不幸のどん底まで突き落としてやろうとも思わなかった。社内イジメをしたお局達は、不幸になればいいと願いはしたが、自分で手を下そうとは思わない。  生前と同じ、ないない尽くしだ。  全部中途半端。才能など、幽霊の世界であっても皆無(かいむ)である。 「じゃ、じゃあ、他に仕事ないの?例えば魔女とか、ゾンビとか、死神とか」  言いながら、ゾンビはちょっと嫌かも。と思った。  ちなみに、魔女は鍋かき回すくらいなら出来るけど、エグイ物が材料だったりしたら、鍋に投入するのは無理だなと思う。死神なら、何とかなるかもしれない。(カマ)振って魂狩って来るだけなら・・・・・・情さえ持たなきゃ出来るか。 「ゾンビは、ご遺体はすべからく火葬(かそう)されるこの国ではなりようがないので、おりません。魔女ですか、貴女が?失礼ですが、料理お得意ですか?」 「!!!」  料理と来るか。また私の苦手なものを指摘してきた。これもやっぱり、出来ないことに含まれる。 「いえ」  蚊の鳴くような声で答えると、でしょうねと馬鹿にしたように鼻で笑われた。何故分かったのかは分からないが、ちょっとムカつく。 「死神は、情報処理が得意でないと無理ですし、筋力も()りますので、ひ弱な貴女には向かないと思いますよ」  死神、情報処理なんて思いもよらぬスペックが必要な上、鎌振るのに筋力がいるらしい。どれだけ重いんだ、あの鎌。  黙りこくった私を見て、カマキリ眼鏡女は息を吐く。 「貴女はある意味幸せです。全て中途半端ですから。凡人は凡人らしく、中身も立派な幽霊になる為に、転生して修行し直してきて下さい」 「・・・・・・」  立派な幽霊になる為に、現世(うつしよ)で修行してこいって、どうなのそれ。生きている間がメインで、死んだあとはサブみたいなもんじゃないの?と、私は耳を疑う。  しかし、幽霊としてあの世で生きて行かなくても、どうやら先へ進む道はあるらしい。 「なんだ、転生って道があるんだ。私てっきり、幽霊として生きて行かなくちゃいけないかと思ってたのに・・・・・・」  誰だ、そんな肝心(かんじん)な説明(はぶ)いた奴。  どう考えても元凶は、手続きはあちらです、と案内した奴だ。アルバイトかもしれない。 「では、転生窓口へご案内します」  カマキリ眼鏡女がそう言い、転生窓口へと案内してくれる。
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