怪しげな探偵

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 母が眠るソファーの背の後ろを通り、アイランドキッチンにある冷蔵庫を開けた。ミネラルウォーターのボトルを取り出し、グラスに注いで口を付ける。 一口、二口と口に運びながらもう一度深呼吸を繰り返した。そうして時間を掛けて、一杯の水を飲み干したけれど、激しい鼓動が治まる気配はなかったし、依然としてお腹の底には糸くずが溜まっていた。    一度乱れた精神は、そう簡単に治まらない。けれど、放っておけば得体の知れない憂鬱な思いが芽生え出し、それはあっという間に増幅していく。    そんなことを私は身をもって経験していたし、この瞬間にも嫌な予感はふつふつと湧き上がり始めていた。  この症状がいつから現れ始めたのか、記憶を辿ってもその開始地点は判然としない。それどころか、何がそうさせるのか、その原因すら掴めない。  もちろん、貸したCDが返ってこないとか、既読無視をされたとか、世間一般の中二が抱くような悩み事は持ち合わせている。 学校には嫌いなクラスメイトが数人いるし、如何にもお嬢様って感じがする担任も何処か癪に障る。 けれど、酷い虐めを受けているわけではないし、少ないけれど友達もいる。休み時間には集まってお喋りをして、笑い合う。楽しくて仕方がないとか、面白くて溜まらないわけではないけれど、とりあえず声を出して笑う。    キャハハハハハ。それ面白いよね!    誘われれば、休みの日に友達と一緒に買い物に行くことだってある。私は絶対に何も買わないけれど、街をぶらぶらして、また声を出して笑う。そんな日常で、そう毎日嫌なことも起こらない。 一旦、部屋に戻った。けれど、落ち着きを取り戻すことはできなくて、結局、玄関でサンダルに足を突っ込んだ。 「いってきます」と絶対に母を起こさないような小声で言って、そっとドアを開ける。
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