怪しげな探偵

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 見上げると、西の空に沈みかけた夕日が灰色の空を淡いオレンジ色に染め上げていた。  マンションの向かいには、グラウンドを備えた大きな公園が広がっている。それなりに整備された公園で、木の影にホームレスが横たわっていることはない。    楠や桜の木、公園に生える木々の緑が目に映ったところで、もう一度深呼吸して、精神の安定を取り戻そうと試みた。  お腹の底の糸くずを吐き出すことを意識して、二、三度、深く吸った息を長々と吐き吐き出す。 すると、ようやく少しだけお腹の中が軽くなる。でも、それは一時のこと。淡々と降る粉雪がアスファルトを覆い隠すように、油断すれば、またすぐにお腹の底は糸くずで埋め尽くされる。  聞き取れない話し声が耳の周りを彷徨って、犬の鳴き声が二回立て続けに聞こえた。公園の緑の中から飛び出してきたゴールデンレトリバーは、マウンテンバイクに乗ったおじさんと共に勢いよく坂道を下っていく。  公園が一日で一番の賑わいを見せる時刻だった。グラウンドの周りがランニングコースになっているから、この時間ウォーキングやランニング、犬の散歩なんかを楽しむ人の姿は少なくない。 私だって、このグラウンドの周りを歩いたことぐらいある。何も考えずに、ぶらぶらと二、三周すれば、お腹の底の糸くずは綺麗に消失して、精神の安定を取り戻すことに成功した。けれど、それも一時のこと。何度か繰り返すうちに、その効果は漸減していって、代わりに強烈な虚しさを覚えるようになってしまった。  公園には入らず、公園の外周をなぞるようにして歩を進め、坂を下った。 幹線道路を渡り、駅に向かって伸びる商店街のアーケードへと入る。商店街の入口近くにはシャッターを下ろした個人商店が並ぶけれど、駅が近づくにつれてスーパーやドラッグストア、チェーン店のコーヒーショップなんかが軒を連ねるようになる。もちろん、人通りも増えていって、アーケードの中は次第に騒々しくなっていく。 中年女性の乗った自転車がガタガタと音を立てながら通り過ぎ、まだ覚束ない足取りの男の子が親の制止を無視して、駆けていく。煙草屋の小さなシャッターが閉まる音が響いて、ドラッグストアの店員の叫び声が木霊する。
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