怪しげな探偵

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 アーケードが終わる直前で右へと曲がり、路地へ入った。この路地は駅へと続くちょっとした近道で、両側には個人経営の居酒屋やラーメン屋などが並んでいる。  駅に向かうとき、私は必ずこの路地を通ることにしていた。一つひとつの店から聞き取れない話し声や笑声が零れていて、そんな喧噪はどうじてか落ち着きを与えてくれる。    路地を抜け、駅に着いたところでスロープ横の植え込みに腰掛けた。お気に入りの場所、私の定位置って言っても過言ではない。駅前の通りと先ほど通った路地が見渡せる。    昇降客がそれほど多い駅ではないけれど、構内にはハンバーガーショップがあって、駅の改札と隣接する形でスーパーが営業している。近くにはパチンコ屋やコンビニ、携帯ショップにレンタルビデオ店などもあって、一日中それなに賑わっている。 待ち合わせらしき学生やスマホを耳に当てて大声で話すサラリーマン、駅の構内に目をやれば、しゃがみ込んでスマホを弄る若い女性の姿なんかもあって、私が一人でいても誰も不思議には思わない。    ほどよい喧噪が辺りを覆っている。私の存在は景色の一部に過ぎなくて、何が起ころうと、どんな話題の会話が耳に入ってこようとも、何の関係もない。そんな状況がどうしてか深い落ち着きを与えてくれる。  身体からほどよく力が抜けていく。心臓が正常な鼓動を刻み出し、掌には温かさが戻ってくる。ただ、お腹の中には依然として糸くずがこびり付いていた。精神の安定を取り戻すための最後の関門。こびり付いた糸くずを吐き出すためにこれまでよりも大きく息を吸った。  ゾゾゾゾっと音を経てるようにして、辺りの喧噪が私の奥深くへと吸い込まれていく。  駅へ駆け込む人の足音。ホームへ滑り込み、発車していく電車の轟音。誰かが上げた奇声。嬉々とした話し声。街の音や誰かの声、人の気配、そんなものがお腹の底にこびりついた糸くずを洗い流してくれる。少なくとも私はそう信じている。  間をあけて何度も大きく吸った息を勢いよく吐いた。一つの糸くずが、あるときには束になった糸くずが口から放出される。もちろん、糸くずが口から飛び出てくることはないけれど、そんな感覚が確かにある。
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