怪しげな探偵

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 看板に燈る灯りは先ほどよりもその色をよりはっきりと空に残していた。 路地にある飲食店から中年男性の集団が出てきて、こちらに向かってくる。スーパーのビニール袋を両手に提げたおばさんが重そうな足取りで駅を離れていく。エプロンを腰に巻いた青年は煙草をふかしながら路地の中へ消えていく。    気付いたとき、私はそんな光景をただぼーと眺めている。お腹に溜まるものは何もない。そこにあるのは空腹で、得体の知れない憂鬱な思いは、英語の宿題がまだできていないことと目前に迫った期末テストへの焦燥に置き換わっている。    どれほどの時間が経ったのか、正確には掴めなかった。また何本目かの電車がホームに着き、発車していく音がした。 構内から出てきた乗客は、それぞれの方向へと歩みを進めていった。路地からは一人の男が緩慢な足取りを駅へ向けていた。酔っ払っているのか酷く左右に揺れて、小脇には新聞紙を挟み、片手にはビール缶らしきものを握りしめている。    もう充分かな、そろそろ帰ろう。    お腹が鳴ったのをきっかけに私が植え込みの端からお尻を上げたとき、視界に映っていた酔っぱらいの男が片手をふわりと上げた。 「ちょっと待ってーな」  聞き慣れない関西弁が鼓膜を揺らした。  男に見覚えはなかったし、その声は私が知る誰のものでもなかった。もちろん、呼び止められるようなことをした覚えもなかった。 男は茶色のスーツに身を包んでいた。髪は後ろに撫でつけられていて、耳の上には赤いペンが乗っている。    近づいてくる男に対して、私の脳が危険信号を発したとき、男はもうすでに目の前にいて、私は一旦上げたお尻を元の位置に戻すことしかできなかった。 「ねーちゃん、先週もここに座ってたやろ?」  馴れ馴れしい口調で話す男の革靴の先と私のサンダルの先がくっつきそうな距離にあって、僅かに足を引いた。
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