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「ワシは見とるんや。ぼーっとここで座っとるねーちゃんの姿をな」
二重瞼の大きな目は、爬虫類的な気持ち悪さがあって、髪はゴキブリのようにテカっていた。口から覗く歯は酷く黄ばんでいて、吐き出された息にはたっぷりとアルコールと煙草の臭いが含まれていた。
思わず顔を反らす。
「訊いてんねや。答えてもらわな困るがな」
男は強い口調で続け、額に滲んだ汗を掌で拭った。
近くで見ると茶色のスーツは毛羽立っていて、見るからに暑苦しかった。
「ねーちゃんな、ワシのこと怪しい奴とでも思ってるんちゃうか?」
捲し立てる男に、仕方なく顎の先を沈めた。
呆れたような表情を浮かべた男はおもむろに上着の内側に手を突っ込んだ。ナイフや催眠スプレー、スタンガン。そんな物騒なものが頭を過った次の瞬間、男がこちらに向けて手を出した。
「探偵や」
男は自慢げに一回鼻を吸った。指の間には名刺が挟まれていた。
名刺には、〈なんでも屋トラちゃん 代表 井浦 虎二〉と書かれてあった。
私は男の顔を見上げ、そしてもう一度名刺に視線を落とした。
「ワシの親父が大の阪神ファンでな。昭和三十九年、阪神優勝の年に生まれたこともあって、そんな名前付けよってん。まあ、見ての通り次男ですわ。他に何か訊きたいことでもありまっか?」
男の名前なんて、どうでもよかった。馬二だろうと牛二だろうと、初対面の中年男性の名前に疑問など抱かない。ただ私が気になったのは、〈なんでも屋〉という名刺の表記と男が口にした「探偵」という言葉の相違だ。
「……お仕事は?」
声を振り絞り訊くと、男は「探偵や」と先ほどと全く同じ科白を口にした。そこで私は名刺を男の方に向け、〈なんでも屋〉と書かれた部分を指差した。
合点がいったように男は「あー」と唸る。
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