怪しげな探偵

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「依頼主は先々週の土曜、午前十時頃、猫を動物病院に連れていくためにこの駅から電車に乗った。写真には映っとらんけど、猫は尻尾を怪我しとる。包帯を巻いとったらしわ。ちなみに、動物病院に行くんはこの日が初めてやない。先月末に怪我してから、最近では一週間に一回のペースで動物病院に通っとる。これまでは金曜の夜、仕事が終わったあとに運転手付きの車で行とったそうやけど、先々週は忙しゅうて行かれへんかったらしいわ。ほんで、次の日の土曜は運転手がたまたま休みを取っとった。動物病院の定休日は日曜や。依頼主は月曜の夜まで猫を病院に連れて行かれへんことに不安に思うて、仕方なく電車を使うことにした。動物病院からの帰り、一時頃、この駅に着いて、ちょうどこのスロープ横の階段を下りて、今ねーちゃんが座ってる植え込みの端に猫の入った籠を置いたらしいわ。『電車は混んでて座れんかった。腕が痺れたから籠を置いた』って依頼主は言うとる。一分や二分、籠を置いてたんはそんなぐらいの間やそうや。せけど、次に依頼主が籠を持ち上げたとき、猫はおらんかった。ほんで、ねーちゃんは何の因果があってか知らんけど、先週も今も籠が置かれたこの場所に座っとる。だから、ワシは今ここでねーちゃんに向かって喋っとる、ちゅーわけや。でっ、なんか知らへんか?」  私が即座に首を横に振ると、男は口を尖らせ息を吐いた。そして、急に思い出したかのように、パンツのポケットに手を突っ込み、煙草を取り出した。 「この一件、どう思う?」    二、三口煙草を吸ったあと、やけに険しい顔で男は訊いた。 「……逃げ出したんでしょう。きっと籠の鍵が掛かっていなかったんだと思います」 「ワシもそう思う」    男はすぐそばにあった自動販売機で缶コーヒーを買うと、それを私に差し出した。 「捜査協力の謝礼や思うて受け取ってくれ」  完全に陽が沈んだ空を睨み付けるように見上げ、井浦虎二はため息をつくように煙を深々と吐き出した。
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