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幸せを呼ぶクッキー
そんなことしなくてもいいのに、センサーは反応する。
ドアを開けた途端に燈った玄関の灯り。足元にはあの探偵の髪を思い出させるような黒光りした革靴が一足。目に入った瞬間、せっかく正常運転を始めた私の心臓は不規則にドクンと一回強く胸を打つ。
こんな日に限って、どうして?
言い訳を考える間も、綿密な作戦を練る間もなく、リビングに続くドアが勢いよく開かれる。
「何処に行ってたの!」
耳をつんざくようなヒステリックな叫び。でも、それは何処か演技染みている。眉間に皺を寄せ、少し口を尖らせた表情も、私には作られたようにしか見えない。
私の前で仁王立ちになった母は、ベージュのワンピースを身に纏っていた。
草原を駆け回る少女を連想させるような洗いざらしの生地とゆったりとしたフォルム。
でも、母は少女ではない。草原を駆け回るほど無垢でもない。母は子連れというハンディを乗り越えて、高層マンションを手にした狡猾な女なのだ。
その証拠に、もう彼女の顔に寝起きの影はなかった。ナチョラルな化粧が完璧に施されていて、額に張り付いていたはずの前髪だって軽やかに揺れていた。
私の記憶が間違っていなければ、母は今年三十五歳。二十一の年に私を産んだはずだ。幼い顔の造りと崩れないスタイルによって、周りの親よりも一回り以上は若く見えた。
授業参観では、必ずと言っていいほど「エリのお母さん可愛いね」なんて言葉を掛けられる。心の底からそう言っているのか、若すぎる母の容貌を揶揄するようにそう表現しているのか、私には分からない。
母の険しい視線にさらされながらリビングに足を踏み入れた。
しんと静まり返った空間。テレビは消されている。
「門限、何時だと思ってる?」
怒りを押し殺したような低い声が響いて、無言で頭を下げた。
ああ……やっぱりいたのね……
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