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睡蓮花の咲く頃
ずっとこの時を待っていた。
この透き通るコバルトブルーの湖に、自分の体を沈めることを。
この世での因果も、恨みも絶ち切って、ただ静かに、その奥深くで眠りたかった。
「悲しくない?」
どこの誰とも知らない、背の小さい少女が隣にたたずみ、質問する。
「悲しくない」
「苦しくない?」
「もう苦しくならないんだ」
ずっと何もかもやりたいことを我慢してきた。できないことを悔やんできた。その度に、この場所に行く日を、手を伸ばして望んでいた。
「なんで泣いてるの?」
「幸せだ‥‥」
やっと手に入れたこの場所。
不思議なことに、何年も締め付けられるように苦しんで痛んだ心臓が、今だけは痛みを感じない。
「これからは、ずっと一緒だ‥‥全ての願いがこれで叶うんだ」
真っ暗な夜に、月明かりが照らし出す、青い湖。
一歩ずつ進めていくたび、自分の体が水に溶け込んで行くのがわかる。
「綺麗だ‥‥ずっと‥このまま‥‥この‥‥場所に‥」
睡眠薬が効いてきたのか、意識が朦朧として来た。
「やっと‥‥これ‥で‥眠れ‥‥る‥」
世界で一番美しいと言われる場所と、もう二度と別れることがないように、鎖を両手に繋いだ。
「忘れない‥‥」
ぼやけた白い月明かりが、最後の胸の痛みとなって幸せを感じさせた。
足がつかない場所に来た。
これで、この世の汚れた空気を吸うことはない。
「今幸せ?」
少女の声が湖の中で聞こえた。
「幸せだ‥‥」
何も見えない、何も聞こえない。
まるで、生まれる前の何も知らない状態。
これで自由に、気楽に生きることができるんだ。
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