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先に部屋へと上がった俺は、窓際へと目を向ける。部屋を出たのだってそう早い時間じゃなかったのに、今朝からずっと開け忘れていた遮光カーテンがそのままになっていた。
「鈴木さん、カーテン開けるよ?」
それに手を添えながら、なかなか上がって来ようとしない鈴木さんに声をかける。暗に「早く上がれよ」と示唆したつもりだ。
「あ、えっ……待って!」
すると鈴木さんははっとしたように瞠目し、慌てて靴を脱ぐ。
「あ、開けないで……ほしい」
そして俺の傍までやってくると、念を押すように小さく首を振った。
「この前はあんな積極的だったのに」
俺は小さく耐え笑いをして、カーテンから手を退いた。
暗がりの部屋の中でも、鈴木さんの顔が紅潮しているのが分かる。鈴木さんは動揺したように目を泳がせて、「せ、積極的……」反芻するみたいに独りごちていた。
肩から斜めに掛けていたカバンを床に下ろすと、どさ、と思いの外重さを感じさせる音がして、俺は思わず「あ」と声を漏らした。図書館に返すはずの本を、そのまま持って帰って来てしまったことに気づいたのだ。
(格好わり……)
俺の声に鈴木さんがつられるように顔を上げ、疑問符を浮かべていた。けれども俺はそれには気付かないふりをして、何事もなかったように鈴木さんの顔へと片手を伸ばす。
「これから何するか分かってますよね」
「え……っ、あ…………はい」
頬に触れるか触れないかの距離に手を添えたまま、抑揚なく問いかける。ともすれば事務的にも聞こえるだろうその声音に、それでも鈴木さんはこくんと頷いた。俺を見つめ返すその瞳に迷いは見えない。
その澄んだ眼差しに、俺は僅かに目を眇めた。
「もう一度、確認させてください」
「確認……?」
「うん。俺がアンタのこと……どれくらい好きなのか」
静かに告げれば、鈴木さんが眼鏡の下で瞠目する。俺は頬に触れようとしていた手をずらし、無言でその眼鏡に触れた。許可をとることもなく勝手にそれを抜き取ると、カチャンと音を立てて、傍らのローテーブルの上に置く。
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