410人が本棚に入れています
本棚に追加
* * *
「成田に会わないよう祈ってて」
鈴木さんの目が、「どこに……?」と少しだけ不安げに揺れていたから、ひとまず俺はそれだけ告げた。
いつもなら「その辺の公園ででもしましょうか」と揶揄いたくなるところだけれど、今の俺にその余裕はないらしい。
「成田と俺、下宿先同じだから」
「……それって」
素直に答えると、鈴木さんは一瞬沈黙し、それから何を思いだしたのか、急に顔を赤くした。
俺の部屋って察したなら、そこから過日の夜のことを連想したりしたんだろうか。
「鈴木さんって……結構あれですよね」
「……あれ?」
「えっちですよね」
あえて真顔でさらりと返せば、鈴木さんの口から「ええ!」という聞いたこともないような声が上がった。
俺は思わず小さく噴き出し、堪え笑いに肩を揺らす。
(いや……マジ成田には見つからねぇようにしねぇと)
こんな状況あいつに知られたら、どんだけ面倒なことになるかわからない。
そう、心の中で改めて思いながら、それでも俺は鈴木さんの手を握ったまま坂道を下っていく。
* * *
玄関に立ち尽くしたままの鈴木さんの背後で、遅れてパタンとドアが閉まる。
その音にぴくりと肩を揺らすのが、今更すぎて何だかちょっとおかしかった。
最初のコメントを投稿しよう!