01.prologue【Side:崎坂智也】

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(暑ィな……)  眩しさに顔を(ひそ)めながら、ふと見上げた空は、雲ひとつ無い快晴だ。  7月に入り、ますます気温を増した外気には意識しなくても溜息が漏れる。  辿り着いた校門を潜り、頭上より下ろした視線を向けた先には、大学の規模にしては(いささ)か立派過ぎるとも言える図書館がある。  テスト期間に入ったばかりのこの時期は、図書館も普段より人で溢れているが、俺は本を借りて帰るだけなので問題はない。 「あ、おい。崎坂。崎坂智也」  目を開けているのも(いと)うような暑さに、伏目がちに歩いていると、不意にその背後より声がかかった。  俺は足を止め、僅かにだけ振り返る。 「……成田」  同様、口を利くのも億劫だったが、ひとまず短く答えると、相手の顔へと視線を投げる。  そこに立っていたのは、同じ学部、同じ科の成田克海。  一応学科内では親しいと言える友人の一人だ。  彼は然程もなかった距離を詰め、俺の前に足を止めると、 「図書館行くんだろ。俺も行くから、一緒に行こうぜ」 「……まぁ別に」 「ほら、俺落としてる単位の。何かいい本あったら、教えて貰おうと思って」  お前が『優』で受かったアレだよ。と、続けながら小さく肩を竦めた。  アレってどれだ言いたいところだが、なまじ親しいだけあって見当はすぐにつく。 「いいけど何か奢れよ」 「ヘーヘー、コーヒー位なら奢りますよ。それとも昼飯をご所望か?」  相変わらず、総じて軽い調子の男に、俺は一瞥(いちべつ)を残して先に歩き出した。  すると彼もそれに続く。 「…じゃあ昼飯」  ややして、平坦にそう答えると、 「えぇっ、マジかよ」  彼は一瞬歩みを止めて声を上げた。  そのくせ、表情はそこまで大げさなものでもない。 「自分で言ったんだろ」  既に図書館は目の前で、俺は彼につきあって歩調を緩めることもなく、あっさり入口のドアを開けた。  遅れてそれに続く彼へと、やはり抑揚の少ない平坦な声音で、そう短く告げながら。
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