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この間、研究室を出るときあなたが部屋に鍵をかけたときに見てしまったのですが、あなたの鍵にはいつかのメタルセコイア君がついていました。
あなたは一日に、少なくとも二回キーチェーンに目を留めます。家を出るときと家に帰るときです。あなたはあの日のことなどすっかり忘れているのでしょうか。それとも、キーチェーンを見るたびに、何かを思い出したりするのでしょうか。もしかして、私が今よりも可愛らしい外見の女の子だったら、あなたはあのときもっと私に興味を示してくれたのではないか、メタルセコイア君を見るたびに、いつのまにかこんなことを思っている自分に気づいて、はっとするのでした。
スクリーンの中では、女の子が、目をきらきらさせながら、ビートルズの「I want to holdyour hand」を歌っています。その視線の先には、一組の男女が仲睦まじそうに微笑み会っているのです。女の子はそんな場面を見て唇をかみ締めるのです。
それを見ながら思います。もし私がそのような歌を歌うことになっても、私の視線の先にあるものはそのような障害ではないのです。どんなときにも、そこには常に自分自身が立ちはだかっているのです。そんなことを思いながら、隣に座っているあなたの気配に耳をすませますが、あなたが何を考えているかなんて当然わかるわけもないのでした。
以前、あなたが街中で、予期せぬ場所で偶然私を見かけたときに、微笑んで近づいてきたことがありました。私に会えたことがうれしかったのではなく、ただ身近な人物に会うと自然と表情が和らぐのだとしたらか、そんなのもまりに偽善的です。何故好意もない人を、ああいう場面場面で放っておいてくれなかったのでしょうか。一つ一つ、こういった場面を重ねていくにつれて、私の日記帳にひとつひとつそういったことがらが書き記されていく度に、私はまた一つ捕らわれてしまうのです。ちりも積もれば山となる、なんと恐ろしいことでしょう。
「”I want to hold your hand”だってさ。外国人でも、こんな奥ゆかしい表現を使うんだね」
「まあ、色んな人がいるんじゃないの」
映画を観ている間中、私はこっそりとあなたの手のことを考えていました。あなたの手に触れたことは、例えばコピーをとったとき借りたお金を返したとき。
「いいよ、三十円くらい」
「いや、塵も積もれば山となるだよ」
そうやって、半ば無理やり指先であなたの掌の感触を確かめていたのです。しかし、触れていた時間はわずかすぎて、手が温かかったのか、冷たかったかすら確かめることはできませんでした。
映画館の入り口で偶然会って、隣同士の席で映画を観て。そうしたら自然の流れとして次は一緒に喫茶店にでも行くのかなと思っていたら、あなたは用事があるからと言って駅の方向へ一人で去って行ってしまったのでした。一人取り残された私は、つい数十秒前までの幸せな気持ちなんてすっかりなくなってしまいます。私にとって今日という日は、あなたと映画を観たことよりも、あなたから取り残されたという事実のほうが重大事項になっています。なぜ、いつもうれしいことよりも悲しいことのほうがよりクローズアップされてしまうのでしょう。
沈んでいくのを必死で止めようとしながらも、きっとこうして、あなたとの日々はこれからも過ぎていくのだろうと頭のどこかで思うのでした。卒業するまでの間、ずっと。
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