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6
幸せそうなアベックからは、私たちもまた、彼ら同様アベックに見えるようでした。しかし、残念なことに、私は日ごろからカメラを持ち歩いていないのです。せめて携帯で、と思いましたが、残念ながら私の携帯のカメラはそれほど性能のいいものではありません。売店へ行ってインスタントカメラを買おうかと思っても、それまで彼らに待ってもらおうというのは、あまりに虫のいい話でしょう。あれこれ考えていると、あなたは「じゃあお願いします」と言い、茶色いショルダーバックからさっとカメラを取り出しました。
撮影をしてくれたのは男性の方でした。二人はあらためて「ありがとうございました」と言うと、笑いながら去っていきました。
「カメラ持ってきてないの?」
「別にカメラなんて必要ないじゃん。私は眼鏡と、メモ帳と四色ボールペンがあれば大丈夫だよ」
「絵、描くの?」
「絵っていうより、メモ。でも、本当に大事なことはちゃんと記憶として残るからいいの」
「ふうん」
「じゃあ、大輔君は撮影係りね。私はメモ係りするから」
「え? 記憶に残るからいいんじゃないの?」
「まあ、せっかくだから記録と記憶両方残そう」
今私の手元には、記録のがしっかり残っています。それはまさに証拠写真というもの。あのとき二人で写った写真。あなたが興味を覚えた植物の写真。私が興味を持った植物の写真。そして、数枚だけある、私だけが写っている写真。あなたは、私が気に入った植物の前でしばしば写真を撮ってくれました。私の写真が欲しかったのか、育ちがいいから、そうするのが礼儀だと思っていたのかは、わかりませんが。私が撮ろうかと言うと、「撮られるのはあまり好きじゃないから」と、自分は写ろうとしないのでした。
後でそれらの写真をもらい、自分が写っている写真を見ながら、それが恋をしている女の顔なのかどうか、私にもよくわかりませんでした。目は口ほどにものを言うとはいうものの、私は感情表現が豊かなほうではありません。
これらの笑顔は、後に写真を見るであろう人たちに向けたものではありませんでした。明らかに、私は撮影するあなただけを見ていました。となると、何も気づかないあなたを鈍感な人、と責めるのは悪かったかなと思わないでもありません。いや、それとも撮影者が被写体の本当の姿を捉えていないだけなのでしょうか。残された記憶だけだったら、いつの間にか忘れることもできたでしょう。しかし、何もしなければ日に日に色あせていくであろうそれも、記録を見るたびに再び鮮やかに甦ってしまうのです。かと言って、捨てる気にもなれない。あなたはどうしてこんなものを残そうと考えたのでしょう。あなたのもとにも、これらの記録は残っているのでしょうか。
一通り園内を見終えて、帰りがけに売店に寄ります。
「お土産、買わなくてもいいよね」
「必要ないよ。どうせみんな後から来るんだし」
こういうものは、大体女性の方が意味もなく時間をかけて見てしまうものです。あなたは興味がないのに、無理に私につきあってくれたのかと思っていたのですが、予想に反して食い入るように、とあるキーチェーンを見つめていました。手に取ったり、また戻したり、何かもの言いたげな表情を浮かべています。それは普段の落ち着いたあなたとはまた違う一面でした。
「なに、それ」
「メタルセコイアくんだよ」
メタルセコイアくんというのは、植物園のマスコットのようでした。この植物園にはメタセコイアという木がたくさん植えてあり、それをキャラクター化したようでした。金属でできた、木に顔がついた、どこにでもありそうな代物でした。しかし、
「いいなあ、これ」
あなたはそんなことまで言い出したのです。あなたの目には、なにがそんなに魅力的に映っているのか、私は首をかしげます。
「お腹すいたね。もうこんな時間」
と試しに言ってみます。
「そうか、じゃあこれ買ってくるからちょっと待ってて」
あなたはそういうと、メタルセコイアくんを一つ持って、レジへと向かったのです。
すると、本気だったの? と呟きながらも、私の手は自然とメタルセコイアくんを一つ持ち、足は自然にレジへと向かってしまいます。店員さんに促されるままに、七百二十円という決して安くはない料金を支払います。それを目にしたあなたは、
「なんだ、白井さんも欲しかったんだ」
と何故か得意げに言いました。そんなあなたの楽しそうな様子を見られただけでも、七百二十円払った価値は十分にあったと思うのでした。
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