第3話 元空手少年の憂鬱

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『なぁ、なんで空手はじめたの?』  ある時、俺は柚葉に尋ねた。道場に通い始めて2年目の、練習の後の帰り道だったと思う。 『…………』  すると柚葉は、一瞬言葉を噤んだ後、こう答えた。 『強く……なりたいからに決まってるじゃん』  その直後、こうも答えた。 『弱い自分が、嫌なんだもん』  その強さ故に小学生の中で畏怖の存在だった柚葉。  その時は「何言ってんだよ、十分強いくせに」なんて心密かに思ったりもしたけど──。  だけどその後、道場に通う子供の保護者づてにこんな話を聞いた。 『あの一年前の事案の犯人、捕まったらしいわね……』 『余罪が他の地区でも次々と出てきたらしいって……』 『あれの一年前の被害者って、柚葉ちゃんだったらしいわね……』 『怖かったでしょうね……。可哀想に……』  一年前の事案──。  柚葉には、小1の頃に友達と遊んだ帰り道、見ず知らずの変態ロリコン野郎に後ろから急に抱きつかれた、という過去があった。  不審に思った近所の人が駆けつけ事無きを得たらしいのだが、大人の男に急に後ろから抱きつかれた恐怖と、抱きつかれることで身動きの取れなかった自分──。  柚葉はしばらく男の人を怖がり、泣き通しだったという。
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