畔にて

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 涙が出そうになったが、側仕えの手前。王子は唾を飲み込みせり上がる喉の痛みをぐっと抑えた。 「あなたからの手紙……ついさっき受け取りました。遠くへ……旅立つそうですね。――また、便りをもらえますか」  なんとか礼儀正しく言うことはできたが、胸がいっぱいで仕方ない。ようやく会えたのにもう別れがやってくるのだ。    しかも、そこへ鐘の音が鳴り響く。  外で鳴る音とは全く違う地響きのように石壁を震わせ低く唸り声のよう。同じ鐘の音なのにこんなにも不吉な音がするのか。王子は胸がざわついた。 「時間ですね」  この部屋に入ってから初めて側仕えが口をきいた。  青年はまた立ち上がり、 「……ああ。――とても遠いところだ、届くか分からないけどきっと……書くよ」  と、握手を求め、手を差し出した。  王子はすぐにその手を取りしっかりと握りしめた。 「……行かなくちゃ……。見送りしたいけど今日は大切な儀式があって列席しなければならないのです。気乗りしないないけど……」 「いいさ。見送りなんて。きっと気分の良いものじゃない。それより君も気乗りしないなんて言わず、しっかりと良いお勤めを」  ここまで堪えていたのに、一粒だけ涙が零れ落ちてしまった。後ろの側仕えには気づかれていないかどうかなど、もう気にする心の余地がない。  それでも立派だたと言ってくれた彼のため、王子は精いっぱいの笑顔を作った。 「ありがとう。……会えてよかったです」 「最後まで名乗り合えぬとはおかしなものだね。ここでお別れだ。名も知らぬ同士だが、君は一生の友人だよ」  白髪の青年を倉庫に残し、側仕えと王子は地下を後にした。
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