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「さて、急いで支度をしないと」
自室に戻ると途端に現実に引き戻された。手伝いが数人待ち構えていて、急げ急げと身包みを剥がされ風呂に入れられ、休む間もなくまた着替えだ。朝食はいつだと聞いたら、「昼の会食でたっぷり頂きましょう」と言われた。されるがまま言われるがままだ。
しかしつい先ほどの逢瀬の熱は冷めやらない。聞きたいことが沢山あるのにいつになったら質問しても良いのかと、文句を言おうとしたところでまた鐘の音が響いた。
「王子、急がなければ。もう始まります」
「そんはずはない。俺が行かなければ始まらないだろう」
「式次第というものは決まっています。今日は来賓も多い。玉座の隣は影武者が座るので儀式は定刻で開始するでしょう」
そう巻くし立てる側仕えだが、彼がこれほど慌てる姿など見たことがない。
「間に合わない! こちらへ」
側仕えはまたしても王子の知らない通路へと進む――。物心つく頃から一緒にいるが、今日、これまでの短時間で彼の知らない一面をすいぶん見た気がする。
混乱する王子を、またかき乱すように鐘が連続して三つ。処刑開始の合図だ。
「前口上は終わってしまいました。ほら。始まります。よくご覧ください。今まさに隣国の王子が処刑されるのです」
側仕えの後に続き、行きついたところは玉座の下層のテラス。処刑場の目の前だ。
世継ぎはただ一人だと世に知らしめるため、王子の成人を機に捕えた隣国の王子の処刑が公開される。気乗りしないのはこれだ。この処刑を見なければならない。
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