畔にて

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 王子は幼い日の夢をみた。  湖の(ほとり)にて、手紙を見つけたのは文字を読むのも覚束(おぼつか)ないまだ幼い日のこと。  青々と茂る柳の葉を映す湖面は日の光にきらめき、湖畔にたたずむ白い漆喰塗りの東屋がよく色映えている。鮮やかな絵画の風景の中で無邪気に走り回るうち、ひとひらの白い紙片を拾った。 「ねえ、紙が落ちていた。字が書いてある」  文字の手習いは得意にしていたが、まだ教わっていない字がたくさん並んでいる。王子は紙片を側仕えに手渡した。幼いながらも読み始めて途中つっかえてしまうのは、王子としてのプライドがゆるさないのだ。 「手紙のようですね。……これは……」 「なんて書いてある?」 「……『こんにちは』……と、書いてあります」  側仕えは「はい。どうぞ」と、王子に手紙を返して寄越した。 「それだけじゃないだろ! もっとたくさん書いてあるぞ!」  文句を言いながら、力任せに体当たりした王子の小さな体はすっぽりと側仕えの腕に収まった。そんな王子の頭をまるで犬か猫を撫でまわすかのように、くるくると撫でながら側仕えはすがすがしく笑った。 「王子を試したのです。(さと)いですね、とてもよろしい」 「もう~~~~!」  側仕えは王子が乳飲み子の頃から世話をしている。自身がこの国の世話になるようになってから真っ先に任された使命――。始めはのうちこそ単なる仕事として務めていたが、愛嬌のある王子は亡くした弟を思わせ、いつからか愛情を注ぐようになっていた。  そしていまではすっかり王子も心を許し、主人と従者という立場を超えた絆があった。
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