畔にて

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 隣国との争いが激化する中、幼い王子は身重の母と喧騒(けんそう)の届かない田舎の離宮へと避難していた。王子にはもうすぐ弟か妹が生まれる。  戦乱の世にあるなど、まるで嘘のように湖畔の城では穏やかに時が流れていた。王国にとって大切な跡継ぎ。戦乱が終結するまで彼は湖畔の城で暮らすことになる。  王子は拾った手紙を二日かけて読んだ。(よわい)五つにしてよく読めた、と側仕えに褒められ、返事が書けたらもっとすごいと言われるまま返事も書いたが――。  そういえば、書いてみたものの渡す方法がない。  いつも手紙を拾う畔にたたずみ、唇を噛みしめ王子は初めて書いた手紙をポケットに押し込んだ。 「王子、いい方法があります」  側仕えが片膝をつき、目線を合わせると王子は瞳を潤ませている。きゅっと口元を結び必死にこらえてはいるが、涙が溢れないよう大きく目を開きまっすぐに見返してくるしぐさがあまりに愛おしく笑みがこぼれる。側仕えはぽんと小さな肩に手を置いた。 「宛先のわからない手紙は小瓶に入れて湖に流すと届くそうです。濡れないよう、しっかりと栓をしてお祈りを忘れずに」 「それじゃあ、ちゃんと届いたかわからないじゃないか。直接塔へ行って届けたらどうかな」 「おや。手紙が塔から寄越されてるとはかぎりませんよ。それに、塔には捕えた魔物を閉じ込めてあるという話……塔へ届けたらそのお返事、食べられてしまうかも」 「じゃあ……湖に流す」  それ以来、王子は時折手紙を拾うようになり、そのたび返事を書いた。手紙の内容はちゃんと返事になっていたり、かみ合っていなかったり。きっとお互い届いていない手紙もあるのだろう。それでもかまわない。もちろん王子という立場は隠さなくてはならないが、やり取りを交わすうち、見えない相手と心が通い合っている気がして、王子は湖へ手紙を入れた小瓶を流し続けた。  あれから12年――。 手紙を交わし合ったあの人は今、どこで何をしているのだろう。最後の手紙は届いたのだろうか……。 「……懐かしい夢だな」  まどろみから目覚め。湖畔の風景は消えた。
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