畔にて

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 側仕えの足は迷いなく進むが、王子は城の地下に足を踏み入れたことがない。  そのような場所に行く必要もなければそんな身分でもないからだ。しかし、好奇心旺盛な王子にとって城の地下はいつか行ってみたいと思っていた場所の一つ。物語の地下迷宮を探索している気分だ。  まずはボイラー室。もう人々は働いていた。大きな窯に次々と薪を投げ入れている。城の中がいつも温かいわけだ。王子は思わず「皆の者、ご苦労」と、声をかけてしまい側仕えに叱られてしまった。  さらに階段を下ると地下水路に出た。水音が聞こえる。  弱々しいガス灯の灯りのみ、薄暗く見通しが悪い。ボイラー室で受け取ったランタンを掲げると水路が縦横無尽に巡らされていた。  どこへ続いているのだろうか。きっとすべてに役割があるのだ。すべて辿ってみたい――。  王子は改めて自分の無知を知った。  石造りだった水路が開け、洞窟のような場所に出ると水路はそのまま幅を広げ川のように奥の暗闇へ流れていく。  川岸には船着き場。向こう岸にわたるためだけの渡し船だ。対岸にはまた整備された石造りの道が見えている。 「いかかですか? 地下は」 「うん。気に入った」  側仕えは少し笑うと金貨を取り出して見せ、渡し守に手渡す。この船に乗りたいときはこうするのが決まりらしい。二人は小舟に乗り込んだ。 「左の方へ」  側仕えがそれだけ言うと、船は動き出した。 「王子。左は隠し通路――抜け道です。右は地下牢になっています」 「……城を抜け出すのか?」 「いえ。籠城に備えた倉庫や居住空間があるので、そちらへ」  岸へ上がってすぐの通路は真っすぐにのびていて、両脇には簡素な扉がいくつも並んでいる。その中の一つの前で側仕えは立ち止った。 「ここか?」  王子が尋ねると側仕えは頷き、 「その前に……王子、こちらを」  胸のポケットから封筒を差し出した。
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