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『湖畔にて―― 今この手紙をしたためています』
手紙の書き出しは必ず決まっていた。紙もペンも毎回違う、切れ端のようなものに書かれていたが、この最後の手紙は白い便せんで書き出しも違っている。湖畔にて書かれたものではないのだろう。
二年前、離宮を離れる際 湖に流した手紙には、星の形の砂糖菓子――金平糖を一緒に入れた。きちんとした贈り物をしたかったが、小瓶に入れられるものは限られている。金平糖は長いこと日持ちするものだと聞いていたので手紙と一緒に小瓶いっぱいに詰めた。
急にやり取りをやめたと思われるのが嫌で、はじめのうちは側仕えに湖の畔まで返事を探しに行ってもらったこともある。だが結局返事が見つかることはなかった。
手紙の主は離宮の有る湖の対岸に見えた塔に住まう者だと、王子は今でも信じている。今、ここで会えるということは、あれから彼も王都へ移っていたのだ。
きっと、時期を同じくして移ったため、以来湖の畔で手紙が見つかることがなかったのだ――。
いつから王都に移っていたのかわからないが、これで自分の書いた最後の手紙が読まれたかどうか、確かめることができる。
想像と喜び、緊張も混じり合い王子の手のひらがじっとりと汗ばむ。そして手紙の主が居る扉を前に、急いでいたとはいえ、もう少し見栄えのよい服を着てくればよかったと後悔していた。
「やはり手紙の相手は塔の住人なのだろう?」
扉へ向いた側仕えは、後ろの王子に少しだけ目線をやり、何も答えない。
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