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側仕えがノックをする。すぐに「どうぞ」という返事があった。
湿気と錆で扉が重い音を立てる。樽や木箱が壁に沿って積まれている倉庫の中、似つかわしくない白髪の青年が立ち上がった。
「……君が――。会えて嬉しい」
両腕を広げごく自然に近づきふわりと王子の手を取った。袖口から微かに香るのは伽羅の香り――。
彼もまた、高貴な身分なのかもしれない。
「何度も手紙を書いたけど、返事が届いたのは君からだけだった」
親しみ深く語り掛けてくる青年の年のころは、王子には見ただけではわからない。側仕えより若そうだが自分よりははるかに大人だ。王子は急に気恥ずかしくなってしまった。
手紙のやり取りをし始めたとき、王子はまだたったの五つ。始めて書いた手紙を小瓶に詰め、湖に浮かべたときは誇らしい気持ちだったが、さぞかし拙い出来だったろう。
それに「手紙を書きたいなら絶対に身分を明かさないように」と釘を刺されたのを良いことに、母や側仕えに話すこともないような“王子としての自分ではない自分”のことばかりを書いていた。
例えば、就寝中粗相をして寝具を濡らしたこと、側仕えの目を盗み金平糖を一掴み口の中に入れたこと、同じ年頃の友達が沢山欲しいこと――。いたずらや夢のようなことばかりを吐露していたのだ。
だからこうして彼の前に王子然として立っていることに気後れしてしまう。どんな態度でいたらよいのだろう……。そんな心を読み取ったように青年は言った。
「ふふ。緊張してるみたいだな。こんな場所だ。気楽にしなさい」
一脚の椅子を勧め、自分は木箱に腰掛け足組をした。
「大きくなった――というのも変な話だけど。始めて手紙をもらった時、君はまだ幼子だったね。みるみる文字も上達して……あの子がこんな立派な少年になっていたとは……嬉しい」
「――あの……俺、いや、僕からの……最後の手紙は届きましたか?」
「ああ。受け取ったよ」
青年は幅広の左の袖口に右手を差し入れ、小瓶を取り出した。軽く振ると金平糖は小瓶の中を踊り、きらきらと音を立てた。
「あっ! それ!」
「私のたった一つの持ち物。宝物だ」
――よかった。ちゃんと届いたんだ。
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