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「今行ったらやっぱ、マズイかな。気付かなかったことにしとこ」
慎太郎は何故かこの二人に対して初めて“空気をよむ”行動をとった。いつもなら遠慮なく“チース!”などと挨拶をして“その挨拶はいったいなんだ?”と笹本に叱られるのがデフォルトであるのだが、この二人の間になんとなく不思議な空気が流れているような気がしたのだ。それはまるで、風にも例えることも出来れば、海流のようにしっかりしたものにでも例えることが出来た。
自分のいつものデスクに座り、さっそくメールチェックをする。慎太郎の場合、挨拶にみられるように国内の取引先とのメールのやりとりはほとんど許可されていない。その代わり海外の支店や取引業者とのメールは本領を発揮していた。商業英語もなんのその。幼少期から海外で育った彼にとっては造作のないものだ。
「おい、浅野!今日のプレゼン、段取りは出来ているんだろうな?プレッシャーをかけるつもりはないが、念のため確認だ」
すぐ後ろを通りながら、笹本は慎太郎の背中に気合いを入れるように右手で勢いよく叩いた。
「ガッチリノッポ…じゃなかった。おはよう…ございます、課長」
「うむ。言い直す前にちゃんと挨拶はしとけよ。プレゼン前に今みたいにふざけた挨拶だと一発退場だからな」
「……おどかさないでよ。そういうプレッシャーはナシ」
「…ったく、お前というやつは落ち着いているのかずぅずぅしいのか、そんなふうに言い返せる度胸は充分あるということだな。ちなみに会議には各部署の部長と専務だ」
「ふーん、偉い人ってことだね」
「そのなかに、お前の味方になってくれるひとが現れるかどうかは、お前次第だがな」
“がんばれよ”
そう言いながら笹本は自分の席へと戻っていった。
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