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第二章 臨戦
役員らの前でプレゼンテーションをすることになった慎太郎は、今日も寒さに耐えながら、横断歩道で信号待ちをしている。待っている間、何度も欠伸が出てくるが、今のうちなら誰にも叱られずにすみそうだ。
「It's must see (みてろよ)」
そんなふうに呟きながら、実のところは少しばかり緊張している。やがて会社のエントランスに辿りつくと、見覚えのある姿を見つけた。
「相変わらず、デカイ…」
自分の直属の上司をそう表現できる人間は慎太郎だけかもしれない。
「あれ?一緒にいるの…誰だっけ?」
エントランスの柱の影で少し見えづらくなっているが、慎太郎の上司である笹本は誰かと親しげに話をしているようだ。
「あからさまに根回し…ということは出来ないが、オレは“彼”には期待していいんじゃないか?って話題にはしておいた」
「……武岡部長、有難うございます」
「二人でいるときは名前だけでいい。このごろ本当にお前は遠慮してるな」
「…シゲ、って呼べと?この前も言ったが無茶振りすぎる。お前こそ自分の立場、わかってるのか?今度オレをフォローしてくれるのはありがたいことだが、お前の立ち位置が奇異なことになりかねん」
ときどき複雑な表情に変わる笹本。そんな彼をまるで受け止めるように余裕で笑っている男。
「んーーーーー…。あ!思い出した。面接の時に何度か見たな。ちょっと日本人離れしてるような」
慎太郎は武岡のことをなんとなく思い出した。入社面接のとき、誰もが自分を冷たい眼で見てきたが、なぜか彼だけはユーモラスで優しかった印象があった。慎太郎の記憶などその程度のものなので、武岡が創業家の一員であることなど全く気付いてはいなかった。
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