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第五章 自信がないよ
ランチの時間が終わり、慎太郎は武岡と別れたあと、何気なく課の入口からかなり遠回りして自分のデスクへと戻ってきた。遠回りした理由はもちろん、今まで1秒だって気にすることもなかった笹本のデスクをよく観察するためだった。
たまたま笹本は外回りから帰ってきており、慎太郎が覗き込もうとしているデスクをその広い背中でガッチリガードしていた。そう思えるのは、慎太郎の事情だけであり、笹本にはそんな意識は全くといってない。
チラチラと視線を感じたのか、笹本は首だけで振り向いた。
「なんだ?浅野。昼飯は食ってきたんだろう?」
「あ、はい。武岡部長と一緒に」
すると笹本の眼が気のせいか大きく見開いた気がした。
「そうか。アイツも結構グルメだからなぁ。すげぇ美味い店に行って来たんだろう?うらやましいかぎりだな。オレは駅前の立ち食いソバをかき込んできたというのに」
そのセリフの真意は全くわからない。慎太郎は笹本がもしや自分に嫉妬したのかと思ったが、単に美味い昼飯をうらやましがっているのかもしれないと思えた。
「課長も…武岡部長と約束して行けばいいのに」
「約束?ん……まぁ、そうしたいところだけどな。アイツはいろんなトコからお声がかかるだろう?オレはあくまでその後、つまり順番は最後だ」
笹本は随分と武岡の立場を心配しているように思えた。彼の未来に極力邪魔にならぬよう、必要ならば幼馴染みという経歴さえも忘れてしまえるような口ぶりだった。
「あの…オレ、すげぇ気になるんですけど」
「あァ?なんだ?」
「課長は……武岡部長に冷たくないッスか?」
我ながらかなり感情移入した影響が出たセリフだと思った。
ランチのときの武岡の態度がとても健気で不憫に思えたのだ。笹本に恋人がいるかもしれないという事実に、武岡は心から祝福しようとしていた。
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