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──翌日。
蒼摩は、小さなトランク一つ携えて、任地に向け出発した。パタンとドアが閉じられると、急に灯が消えた様に静かになる。湖畔の別荘には、オレと東吾だけが残されてしまった。
気まずい沈黙…
と、突然。東吾が、踵を返してキッチンへ向かう。
「東吾?」
気になって後を追うと、東吾は白いシャツの袖を捲りながら、パントリーの扉を開けていた。
「東吾、何してるの?」
「昼食の支度だよ。幸い、此処のパントリーには、有り余る程、食材があるようだ。蒼摩くんに許可を貰った事だし、遠慮なく使わせて貰おう。瑠威、何か食べたいものはないか?」
「料理をするの?! 東吾が?!」
思わず声が裏返る。
剣術師範で冷静で、頭脳明晰なあの土師東吾が──⁇
「そんなに意外か?」
東吾は、苦笑混じりに言った。
「こう見えて、料理は得意なんだがな。」
「うそ。」
「嘘じゃないよ。学生の頃は独り暮らしだったし、自炊もしていた。家事は一通り出来るつもりだが? 」
「そ、そうなんだ…」
「そういえば、こんな話はした事が無かったな。これから少しずつ、お互いを知っていこう。で? 何が食べたい? 和食か洋食か、米かパンか…思えば俺は、お前の好みというものを全く知らない。良かったら、教えてくれないか?」
「……」
優しく微笑みかけられて、オレは、束の間、言葉を失った。何しろ、自他ともに認める偏食である。食べられないものが多過ぎて、呆れられるのではないかと不安になる。
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