《起》春に咲く花。

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「特にリクエストがないなら適当に作るが、構わないか?」 「あの…東吾。」 「なんだ?」 「出来れば、肉と魚以外のもので。」 「肉と魚以外?難しい注文だな。瑠威はビーガンだったのか…」  思案顔でそう言うと、東吾は 食材を選び始める。 その約一時間後。テーブルに並んだ料理の数々を見て、オレは言葉を失ってしまった。唖然とするオレを見て、東吾が怪訝に眉根を寄り合わせる。 「どうした、嫌いなものがあったか?」 「あ、いや。そうじゃなくて…その…これ全部、東吾が?」 「あぁ。」 さらりと答える東吾に、オレは再び言葉を失う。テーブルに並んでいるのは、本格的なフレンチだった。 白菜と馬鈴薯のクリームソース煮。 ホワイト・アスパラとパプリカのマリネ。 車海老のグリルには、エシャロットが添えられている。 鮮やかなグリーンの冷製スープに、カリッと焼き上げたガーリック・トーストが、視覚と嗅覚を刺激して──  オレの腹が、情けない鳴き声を挙げた。 東吾は、クスリと笑って言う。 「お前の希望には、全て応えたつもりだが…万が一、口に合わなければ遠慮なく残していいよ。海老は、大丈夫だったよな?」 「うん…海老とイカと魚卵は大丈夫。」 「魚卵? 成程、その手があったか。じゃあ今夜は和食だな。」  小さく独り言つと、東吾はスマートにエプロンを外して促した。 「さぁ、暖かい内に食べよう。」  優しく促されて、二人きりの昼食が始まる。 ぎこちない会話は途切れがちで、何処かよそよそしい。東吾の質問に、相槌を打つのが精いっぱいだ。居心地の悪さと、ほんの少しの安堵。それが、この奇妙な同居生活の始まりだった。
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