238人が本棚に入れています
本棚に追加
その夜は、見事な麗月が顔を出していた。
月明かりに照らされるイングリッシュガーデン。
心地好い風を感じたくて…夕食後、そっとテラスに出てみる。
静かだ。
ひとりで月を眺めていると、妙に切なくなる。
疲れた頭の中で、奈央の困ったような笑顔がチラついた。
「寒い…」
思わず腕を摩った、その時。
突然、背中がふわりと温かくなった。見れば、オレの肩に大きめの上着が掛けられている。
振り返った視線の先には、心配そうに眉間を皺立てる土師東吾が立っていた。言い訳しようと口をあけると、こちらが何か言う前に、声を和らげて訊ねてくる。
「そんな薄着で何をしている。風邪ひくぞ。」
そう言うと、東吾は静かに林の向こうの湖に目を向けた。
「初めて来たが、良い所だな。」
「…うん。」
「もっと早くに訪れるべきだった。お前が此処に来たがる理由を、俺は知ろうともしなかったな。北天失格だ。」
苦笑を込めた眼差しが向けられる。
何処か悲しげなその表情に、オレはまた少し困惑した。
最初のコメントを投稿しよう!