《起》春に咲く花。

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 その夜は、見事な麗月が顔を出していた。 月明かりに照らされるイングリッシュガーデン。 心地好い風を感じたくて…夕食後、そっとテラスに出てみる。 静かだ。 ひとりで月を眺めていると、妙に切なくなる。 疲れた頭の中で、奈央の困ったような笑顔がチラついた。 「寒い…」 思わず腕を摩った、その時。 突然、背中がふわりと温かくなった。見れば、オレの肩に大きめの上着が掛けられている。 振り返った視線の先には、心配そうに眉間を皺立てる土師東吾が立っていた。言い訳しようと口をあけると、こちらが何か言う前に、声を和らげて訊ねてくる。 「そんな薄着で何をしている。風邪ひくぞ。」 そう言うと、東吾は静かに林の向こうの湖に目を向けた。 「初めて来たが、良い所だな。」 「…うん。」 「もっと早くに訪れるべきだった。お前が此処に来たがる理由(わけ)を、俺は知ろうともしなかったな。北天失格だ。」 苦笑を込めた眼差しが向けられる。 何処か悲しげなその表情に、オレはまた少し困惑した。
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