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女学校の勉強科目。
国語、算数、理科、社会、外国語等…高等専門教育は科目としてあるものの、必要とされていない向きがあった。
それよりも家事、裁縫、編み物等の科目が重要視されていて『家庭婦人』としての技芸教養の習得の場とされていた。
「五条さん。完成してないの貴女だけよ?」
「あとこれだけ縫えば仕上がりますので!」
特に裁縫は週四時間もある。
私はこの裁縫というものがどうも苦手だ。
いや、裁縫のみならず編み物も生花もお茶も、それ系のものが全般的に苦手なのだけれど……
良妻賢母の反対語に悪妻愚母という言葉があるとしたら、私は正しくそれだろう。
「縫い直し。」
完成した浴衣を見て、先生は一言そう言った。
どうやら下の布地も一緒に縫ってしまっていたようだ…誰か嘘だと言って欲しい……
結局お持ち帰りになってしまった。
夜通しやったとしても終わる気がしない……
だいたい今の時代に浴衣を手縫い出来たからってなんの役に立つというの?
女学校の袴だって、洋装のセーラー服なるものへと変わっていってる時代だというのに。
「はあ…つまんない。」
夕暮れ時の赤く染まっていく空に物悲しさを感じた。
「Though it is so wide, in the sky, my world will be what small.」
空はこんなに広いのに、私の世界はなんて狭いんだろう。
英語の授業は楽しいんだけどな……
週一しかない選択科目だなんて残念だ。
世の中は妻に教養を求めてはいないらしい。
家に帰って裁縫が得意な櫻子姉様に泣きついた。
さすが櫻子姉様だ。すいすいと縫い上げ、あっという間に仕上げてしまった。
「ありがとう櫻子姉様!私本当に裁縫がダメで……」
「誰にも向き不向きがあるわ。雛ちゃんは英語が堪能なんだし、卒業したら留学しなさいな。」
「はは…出来たらいいよね~。」
そういうことを考えたこともある。
女学校を卒業した先輩の中にも留学をした人が少数ながらいる。
でも…うちの経済状況じゃまず無理だ。
「雛ちゃん私ね、お見合いすることが決まったの。」
「へーっそうなんだ。櫻子姉様おめで……」
……お、おめでとうじゃな────いっ!!
櫻子姉様が余りにもにこやかに言うもんだから、普通にお祝いの言葉を言うところだった。
「ど、どういうこと櫻子姉様っ!なんで?!」
「私にもやっと縁談がきたのよ。凄く財のある方で、うちの家の援助もしてくれるそうよ。」
だって、だって晴彦さんは?
櫻子姉様は晴彦さんと結婚したいと思ってたんじゃないの?!
「写真あるのよ。雛ちゃんも見る?凄くハンサムなの。」
「なんでなの?だって櫻子姉様にはっ……」
「雛ちゃん。」
櫻子姉様はキッと前を見すえ、とても威圧感のこもった静かな声で告げた。
「もう決まったことなの。」
櫻子姉様───────……
父親の権威は絶対だ。
父の決めたことに私達は従うしかない……
櫻子姉様は机の引き出しから晴彦さんが貸してくれた本を取り出した。
「雛ちゃんが読んで…私はもう、いいわ……」
そう言って後ろを向いた櫻子姉様の背中が小刻みに揺れていた。
……かける言葉が見つからない。
晴彦さんはこのことを知ったらどう思うのだろうか?
晴彦さん以上に、櫻子姉様のことを幸せにしてくれる人なんているわけないのに……
私はお見合い相手である男の写真を手に取って見てみた。
「…………えっ…」
そこには、見知った男の顔があった。
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