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とうとう明日がお見合いの日になってしまった。
櫻子姉様は縁談が決まってから今日まで、務めて明るく振舞おうとしていた。
その姿が私には痛々しくて、とても晴彦さんとのことを聞くことなんて出来なかった。
このままなにもせずに見送るしかないのだろうか……
学校帰り、トボトボと歩いていると強い風が吹いた。
川沿いに一本だけ大きく育った千年桜の木から、ザワザワと大きな音が立って枯葉が舞い散った。
あの日の光景が思い浮かぶ──────
五年前、私は12歳で女学校に入学したばかり、櫻子姉様は14歳だった。
二人で満開の千年桜を見に来た時に、私が頭に巻いていたリボンが風に緩んで飛んでいってしまい、ちょうど通りかかった晴彦さんが受け止めてくれたのだ。
当時から恋愛結婚を夢見ていた私はこれぞ運命っ!なんて思って大はしゃぎした。
まあすぐにバレバレな二人の恋心に気付いて意気消沈したけどね。
もうこの桜が満開なところを、三人で見ることは叶わないのかな……
「今帰りかい?」
声をかけられ、振り向くと晴彦さんが立っていた。
もう櫻子姉様の縁談話は知っているだろうし、明日がお見合いの日だともわかっているはずなのに、いつもと変わらない和やかな笑顔をしていた。
「今日は寒いね。この風は木枯らし一号だろうね。」
櫻子姉様のことはなにも聞かないんだな。
晴彦さんももう覚悟を決めているんだ…無駄に足掻こうとしているのは私だけか……
晴彦さんは懐からなにかを取り出し、私に渡した。
「雛子ちゃんにあげる。」
………これは───────
受け取ろうとした手を、私は引っ込めた。
「……櫻子姉様の分は?」
「これは一枚しかないから。雛子ちゃんのだけだよ。」
「じゃあ私のじゃないですよね?」
晴彦さんが渡そうとしたものは、桜の花が押花にされて和紙に貼り付けられた手作りのしおりだった。
こんなに心のこもったものを、私なんかがもらっていいわけがない。
「……晴彦さん、お願いですから櫻子姉様に、直接っ……」
涙がボロボロと零れて最後まで声に出して言うことが出来なかった。
「……雛子ちゃん?」
なぜ……
愛し合う二人が一緒になることが許されないのだろう……
なぜ、出会ったこともない二人が一緒にならなければならないのだろう……
私はっ──────……
「待って雛子ちゃんっ!」
─────私は…こんな世の中、大っ嫌いだ!
晴彦さんが呼ぶ声を振り切って、私はその場から走って逃げた。
朝からなにやら騒がしい。
今日は櫻子姉様のお見合いの日だ。
きっと準備で賑わっているんだろう……
私は今日一日なにをして過ごそう。
特にすることがないというか、なにもする気がおきない。
とりあえず布団から起きてみると、引き出しの中に閉まっておいたはずの晴彦さんから借りた本が机の上に置かれていた。
不思議に思って手に取ると、本にしおりが挟んであった。
「……このしおりって……」
桜の花が押花にされた和紙のしおり……
晴彦さんが櫻子姉様のために手作りしたものだ。
ここに置いたのは櫻子姉様よね?
てことは櫻子姉様は晴彦さんから直接受け取ったんだよね……
そっか…あの二人、最後に会ったんだ……
しおりには櫻子姉様の文字で「雛ちゃんごめんね。元気で。」と小さく書かれていた。
なんで謝るの?
まるでもう私とは永遠に会えないみたいだ。
しおりが挟まっていたページを見ると、ちょうど主人公の二人が駆け落ちを決意したシーンだった。
─────まさかっ…………
私は寝巻きのままで母屋の大広間へと飛び込んだ。
もうとっくに用意し終えているはずの、櫻子姉様の本振袖の着物が衣桁にかけられたままだった。
周りを見渡すと使用人達が家中を探し回るように慌ただしく動いていた。
「雛子!櫻子見なかった?どこを探してもいないのよっ!」
お母様が血相を変えてしがみついてきた。
私が知らないと答えると、お母様は力無くへたり込んだ。
間違いない…櫻子姉様と晴彦さんは駆け落ちをしたんだ。
今頃二人は手に手を取り合って逃げているのだろうか?
まさかこんなことが現実に身近でおこるだなんて……
凄いよ櫻子姉様っ…凄いよ晴彦さん!
小説のような熱々の二人に、こっちまで胸が熱くなってきた。
ひとりで場違いにニヤけているとお父様が現れた。
「どうやら櫻子は明け方に、近所に下宿していた書生と一緒に船着場にいたらしい。」
見たことないくらいの険しい顔つきをしている。
船に乗って逃げたんだ。
じゃあもう随分遠くまで行っているだろう……
お母様は泣き崩れ、お父様は櫻子姉様が着るはずだった着物を衣桁ごと蹴り飛ばした。
結構な修羅場だ。
小説には駆け落ちをしたあとの家の様子なんて描かれていない。
口答えひとつしたことがなかった櫻子姉様の初めての反乱……
お父様の心情は察するに余りある。
これから二人はどうなるのだろう……
すぐ連れ戻されたりとかはしないよね?
この先ずっと、見つからなければいいのだけれど……
「仕方がない。雛子、用意しなさい。」
………はい?
……………なにを?
えっ…………
私が状況を掴めずにいると、お父様は畳にくちゃくちゃに転がった着物を顎で示した。
─────うっ……
嘘でしょっ?!!!
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