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お見合いは老舗旅館の一室で行われた。
私達は先に到着して静かに相手を待って…いや、心臓の音が尋常じゃないくらいにうるさかった。
こんなの絶対無理っ!
あの櫻子姉様の代わりが私に務まるはずがないっ!
帯が苦しいし吐きそうっ!!
テンパリまくっていると鮎川家のご両親とお見合い相手が現れた。
お辞儀をして挨拶を交わしたけれど、顔が見れない。
お見合い相手にはあの男、鮎川 貴光がきているはずだ。
「えー…櫻子が急病でしばらく入院することになりまして…急遽、次女の雛子を連れて参りました。」
はっ?
お父様なにその設定、聞いてないよ?
そんなすぐバレそうな嘘付いて大丈夫なの?
まあ駆け落ちをしたのでなんて口が裂けても言えないんだけれど……
「長女より少し器量は劣りますが…その、今女学校に通っておりまして成績の方も〜イマイチぱっとはしませんが……」
しどろもどろだ。
櫻子姉様より秀でた部分がなくてごめんなさい……
「櫻子より、雛子の方が二つ若いです。」
妹ですからね。そりゃ若いよね。
「昔から風邪ひとつ引いたことがなく、丈夫なだけが取り柄です。」
だけって言っちゃったよ……
健康なとこしか褒めるとこがなくて本当に申し訳ない。
相手側のご主人は大変でしたなあと言って、急病で倒れたという櫻子姉様の心配をしてくれた。
でも奥様の方が何度もため息を付いて不機嫌極まりない様子だった。
そりゃ美人で器用な櫻子姉様が嫁に来ると喜んでたら不出来な妹の方が来ちゃったんだから怒るよね。
詐欺みたいなもんだ。
奥様はご主人にヒソヒソと耳打ちを仕出した。
こんなふざけた縁談話はない。断れと丸聞こえなんだけど……
ああもう、いたたまれない。
「五条殿。誠に言い難いのだが今回の話は……」
早く家に帰って泣きたい。
「俺はこの子で良い。」
えっ………
私が来て一番嫌がっていると思っていたあの男が口を開いた。
私のこと、散々子供だとか言って馬鹿にしていたのに……
「でも貴光さん。貴方にはもっと相応しい女性が……」
「結婚するのは俺だ。俺が良いと言ってるのだからこの縁談はこのまま進める。」
重苦しかった私の心が一気に晴れ渡った気がした。
絶対断られると思ったのに……
「二人で話がしたい。庭に出よう。」
そう言って部屋から出ていった男を、私は慌てて追いかけた。
庭は池を中心として庭石や草木を配置し、起伏を利用した川や滝まである見事なものだった。
男はそんな庭には目もくれず、スタスタと庭の奥にある東屋まで歩くとようやく私の方を振り向いた。
「で、姉はお前の口車に乗って男と逃げたか?」
「うっ…それは……」
誤魔化そうにもこの男には知られてしまっている。
今更ながら縁談話を断って欲しいと頼みに行ったことを後悔してしまった。
「にしてもなんだあの挙動不審な態度は?」
怒っているというより、なんだか呆れているっぽい。
「そりゃ、いきなり櫻子姉様の代わりに見合いしろなんて言われたら慌てます……」
「だから覚悟は出来ているのかと聞いただろ?」
あれってそういう意味だったの?!
てっきり援助話が無くなることだと思っていた。
「おまえ馬鹿なのか?少し考えれば自分が身代わりになると気付くだろ。」
「だって…私なんかが櫻子姉様の代わりになれる要素がどう考えたってないものっ!」
「それほどお前の家は金に困ってるってことだ。権威ある爵位を、たかが新興華族の成金野郎に娘ごと差し出すんだからな。」
いつも自信満々なくせに、男の横顔がどこか辛そうに見えた。
そう言えば古くからの華族達は、新しく加わった財閥系の新興華族を馬鹿にしていると聞いたことがあった。
「卑下することないわっ。時代の波に乗ってがっぽり稼ぐだなんて余程の才覚がないと出来ないことよ。」
男が驚いた顔で私のことをじ─っと見てきた。
なんだろう…そんなに私はおかしなことを言ったのだろうか……?
「ヒヨコのくせに生意気言うな。世間知らずのお嬢様が。」
男は馬鹿にしたように鼻で笑った。
せっかく慰めてあげようと思ったのに…なによっ。
「恋愛結婚したいなどと大見得を切っていたくせに、結局はお見合い結婚とは傑作だな。」
ホントこの男ムカつく!
「貴方こそ櫻子姉様より不出来な私で本当にいいの?今ならまだナシにしてあげれるわよ。」
自分で言っといて落ち込むなこれ……
「どっちでも同じだ。結婚になんて露ほども期待していないからな。」
なによそれ…この子で良いと言われてちょっと嬉しかったのに。ときめいた乙女心を返せっ。
「お前こそ逃げるなよ?五条家の人脈を利用して今後の事業を展開していく計画なんだからな。」
「見損なわないでっ。ここまできて逃げないわよ!」
そんなことをしたら、父は血眼になって櫻子姉様を探すだろう。
やっと自分の気持ちに素直になって結ばれた二人を、私はなんとしてでも守りたい……
「俺が妻に望むことは、貞操と跡継ぎを産むことだけだ。あとは好きにして良い。」
貞操、跡継ぎ……?
そうか…結婚するってことはそうなるんだ。
私…今目の前にいるこの男と……そのっ………
ちょっと待って、思考が追いつかない!!
「お前ちゃんと処女だろうな?」
………はい?
今…この男、なんて……?
「恋愛結婚だなんてふざけたことを抜かしてただろ。適当な男として喪失してないだろうな?」
「はぁあ?!」
なんて無礼なことをっ!!
平手打ちをしてやろうと片手を振り上げたら手首を強く掴まれてしまった。
そのままそばにあった灯籠に体を押し付けられ、身動きが取れないほどに密着してきた。
「ちょっとなにするっ……!!」
顔が近いっ…切れ長の鋭い目に、私が写っているのが見えるほどだ……
この男、一体なにする気なの……
……怖いっ──────
「震えているのか?」
相変わらず人を馬鹿にしたような物言い……
腹が立つのに、灯籠を背に抱きしめられているという状況に目を開けることさえ出来ない……
「……その反応。男を知らないようで安心した。」
そう言って私から離れ、掴んでいた手も解放した。
どうやら私のことを試しただけのようだが……
心臓が…壊れてしまうかと思った──────
「女学校の卒業までは待ってやる。それまでにせいぜい、俺を惚れさせるほどに女を磨くんだな。」
男は戻るぞと言って、また脇目も降らずに歩き出した。
こいつ………
やっぱり最悪っ!!
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