441人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
浪漫恋愛〜ロマンチックらぶ~一話目
人前で手を繋ぐだなんてはしたない。
親の知らぬところで男と文通するのは罪。
未婚の男女が親しく談笑するのでさえ、とがめられる……
これが世の常だった大正時代───────
結婚とは、親同士が決めた相手とのお見合いで決まる。
本人の意志より、家と家を結びつけるための機能が優先されるのである。
顔も知らないような相手に一生を捧げる決心をしなければならず、拒むことは許されない。
華族の娘に産まれた令嬢にとって、家のために結婚することは普通のことなのだ。
わかってる。わかってはいるのだけれど……
でも…私にとっての結婚って───────
いつの時代も女の子は甘いものが大好きである。
私は女学校の同級生らと共に、パフェなるものを食べにフルーツパーラーへとやって来た。
果物やアイスをガラスの器に盛った、なんともハイソな食べ物である。
「あの人、男爵の四男坊との縁談が決まったから中退するらしいわ。」
「相手の方ってこないだ学校にいらしてた方よね?随分お年を召した方でしたけど。」
「私、ハゲとデブは嫌だわ。受け付けない。」
「どこかに家柄も財もあって、若くてハンサムな殿方はいないのかしら~。」
この手の会話、はっきり言って聞き飽きた……
まあ学校なんて名ばかりで、女学校で実際してることと言ったら将来の嫁ぎ先で良妻賢母になるための花嫁修業だもんね。
女子の結婚適齢期は17~19歳。
20歳を超えたら行き遅れ、老嬢などと呼ばれるこの時代。
あと半年で卒業の私達はもう17歳。
焦る気持ちはわかるのだけど───────
「私…お見合いじゃなくて、恋愛結婚がしたいな。」
アイスを頬張りながら、思わず本音がポロリと出てしまった。
みんなが私に注目し、頬を赤らめた。
しまった…私ったらなんて大胆なことを……
「やだっ雛子さんたら、そんな殿方がいらっしゃるの?」
「そう言えばこないだ年上の方と歩いてるとこ見たわ!」
「それって確か近所に住む作家の卵よっ。」
「その方とはもう将来の約束はされましたの?!」
なにこの怒涛の質問攻撃……
全然事実と違っているのに、否定する隙すらない。
「あのっ…ちょっ……」
店内の客からもすっごく好奇な目で見られている。
ど、どうしよう……
「恋愛結婚だなんて、実にくだらない。」
…………はい?
それは私の後ろの席から聞こえた。
なんなの?人を馬鹿にしたようなこの物言いは……
背もたれから覗き込んで相手の姿を確認すると、背広と呼ばれる洋装を着こなした20代半ばの男性が座っていた。
「なんですか貴方は?いきなり女性に声をかけるなんて失礼ですっ。」
「こんな店で大声で騒ぐ方がよっぽど失礼だと思うがな。」
男は見ていた新聞を丁寧に折りたたむとむくりと立ち上がり、私のことを見下ろした。
でっ、でかい……6尺は優にある……
それに……──────
級友たちが男の顔を見てきゃあきゃあと沸き立った。
それもそのはず、男は白い肌に鼻筋の通った高い鼻、薄い唇、長くて鋭い涼し気な目をしていたのだ。
──────なんて綺麗な顔なんだろう……
着ている服もそうだけど、男はどこか異国の雰囲気を漂わせていた。
「そんな子供地味たものを食べて恋愛などとは笑わせる。」
見た目とは違い、性格の方はかなりねじ曲がっていて最悪そうだ。
「食べ物に大人や子供なんてものがあるんですか?貴方はさぞかしご立派なものを食べられてい……」
ふと男のテーブルに置かれていたものを見て言葉に詰まってしまった。
こ、これはもしや西洋の国で飲まれている珈琲とかいうものじゃないだろうか。
前にお父様が頂いてきたのを少し飲んだことがあったのだけれど、日本人の味覚とはあまりにもかけ離れたその味にすぐに口から吐き出してしまった。
「興味があるのか?飲ませてやるから口を開けてみろ。」
男はカップを手に持ち、私の口元へと近付けてきた。
匂いだけでゲッとなったが、今さら飲めませんとは言えない……
からかうように見つめてくる男の手からカップを奪った。
「自分で飲めますので。」
ぐっは…まっず──っ!!
男が飲んでいた珈琲には砂糖もミルクも入ってなかった。
なぜお金を出してこれを飲むのかが理解出来ない。
全部飲んでやろうかと思ったのだが一口で限界だ。
「ああ、美味しかった。」
顔が歪みそうになるのを必死に堪え、シレッと答えた。
早く私を子供扱いしたことを謝れ。
「どうでもいいが、わざわざ俺が口を付けたところで飲むんだな。」
…………えっ!!
黙って成り行きを見ていた級友たちから悲鳴が上がった。
私も動揺しすぎてカップをテーブルに落っことしてしまった。
散らばった珈琲が男の白いシャツにかかる……
「わっ大変!早くシミ抜きしないとっ……!」
私は男が着ていた上着を脱がせ、シャツに手をかけた。
珈琲の汚れって石けんで落ちるのだろうか……
にしてもなんなのこのボタンてやつは…ちっちゃくて硬いっ。これだから洋服って嫌いなのよっ!
「ちょっと雛子さん!!」
「なに?今取り込み中!」
「いやっだって雛子さんっ大胆すぎ!」
大胆と言われ我に返った。
私……見知らぬ殿方の服を脱がそうとしてる………
怪訝そうに見下ろす男と目が合った。
「ごごご、ごめんなさいっ!でもシミがっ……」
「これくらい良い。公然の場で脱がされるよりマシだ。」
自分でやっといてなんだけど、胸元がはだけてて凄くヤラシイぞ……
目線をどこに持っていけばいいのかがわからず、顔を真っ赤にしてうつむいた。
男はボタンを締め直して服装を整えると、顔を近付けてきてささやいた。
「さすが恋愛結婚をしたいと言うだけはある。まるで玄人だな。」
くろうと?
男は綺麗な顔で意地悪そうに笑うと、レジスターの方へと去っていった。
玄人ってなに……?
最初のコメントを投稿しよう!