浪漫恋愛〜ロマンチックらぶ~二話目

1/3
438人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

浪漫恋愛〜ロマンチックらぶ~二話目

次の日、学校が終わるとすぐにフルーツパーラーへとやって来た。 入って確認したいところだが、私のお小遣いだけでそう何度も入れるようなお店ではない。 出入口のドアの色ガラスの部分から中を覗いてみたけれど、それらしい人影は見えなかった。 居ないのかな…… 「おい、ヒヨコ。」 すぐ頭上から声が聞こえた。 私の名前は雛子だ。この一文字違いのヒヨコってまさか私のこと? 「入らないならどけ。邪魔だ。」 この失礼極まりない物言いは…… 後ろを振り向くとあの6尺男が立っていた。 「ヒヨコじゃなくてヒナコです!」 「お前みたいな子供はヒヨコで十分だ。」 「それに玄人でもありませんっ!」 「そんなの冗談に決まってるだろ?お前みたいなのに金を払う物好きはおらん。」 ムッカ〜!なんだこの口の悪さはっ! 超腹立つんですけど!! 「貴方、鮎川(あゆかわ) 貴光(たかみつ)さんですよね?お話があります!」 私が自分の名前を知っていたことに驚いたのか、男は開けようとしたドアの前で一瞬動きを止めた。 「俺は忙しい。聞いてはやるが一分で終わらせろ。」 男はチラリとだけ私の方を見て素っ気なく言った。 そして空いていたテーブルに座って給仕(ウェイター)に珈琲を注文すると、持ってきていた新聞を広げた。 どうやらここで珈琲を飲みながら新聞を読むのがこの男の習慣のようだ。 向かい合わせに座った私の存在を全く無視しているが、ちゃんと話しを聞く気はあるのだろうか…… 「ご注文はなにになさいますか?」 給仕が私にも尋ねてきた。 しまった…私、どうしよう…… 「あのっ…お水を……」 男が新聞から目を離し、思いっきり睨んできた。 こ、怖いっ…… 「実は、財布を忘れてきまして……」 嘘です。財布はあるけど中身がないのです。 「頼め。払ってやる。」 「そんなの結構です!」 「常識のない女を連れてると思われたくないだけだ。」 それでもどうしようかと言い淀んでいる私に、男はパフェを一つと頼んでくれた。 ああ…一番安いジュースで良かったのに…… 「なんだ?珈琲の方が良かったのか?」 「……飲めないです。」 「だろうな。」 鼻で笑われてしまった。 わかってるのなら聞かないで欲しい…どうせ私はあなたから見たら子供です。 にしても──────……… 細くて神経質そうな指で新聞をめくり、茶色みがかった長い前髪から覗かせた切れ長の目を、さらに細めて活字を追っている…… 瞳の色も、よく見たら淡い灰色だった。 ────見れば見るほど綺麗な人……… 男の父は江戸時代からの豪商を前身に持ち、明治時代に財を築いた鮎川金次郎男爵だ。 息子であるこの男も自ら貿易会社を立ち上げ、右肩上がりで業績を伸ばしているやり手の若社長なのだ。 地位も財もあって見栄えも良い。 申し込んでくる女性なんて引く手数多だろう。 「実は…今きてる縁談話を断って欲しいんです。」 男は動じる様子もなく、新聞に目を通しながら珈琲を飲み出した。 姉のお見合い相手の写真を見てビックリした。 今目の前にいるこの鮎川 貴光だったからだ。 「俺の縁談話をなぜ知ったかは知らんが、断ったとしても、ヒヨコと恋愛する気はないぞ。」 なぜそうなるっ?! 給仕が運んできたパフェを隣のテーブルまで飛ばしてしまいそうになった。 「相手の五条 櫻子は私の姉ですっ!姉には、もう何年も心に決めた人がいるのですっ。」 誰だって自分のお見合い相手に深く慕う人がいると知ったら、同情して考え直してくれるんじゃないかと思ったのだが…… 「無理だな。」 男は冷たくそう告げると新聞をテーブルに置き、射抜くような目で私を見据えた。 「この結婚にはお互い得るものがある。五条家は金。鮎川家では公家華族の古くからの人脈だ。」 なにそれ…… そんなので結婚して櫻子姉様は幸せになれるわけ? 「恋愛結婚などと甘っちょろいことを言っているヒヨコにはわからんと思うが、結婚とはそういうものだ。」 ……私だって、本当はわかってる。 令嬢と呼ばれる私達は、家にとって少しでも有益なところにお嫁に出されるのが定めなのだと…… わかってはいるけれども───── 「お前の姉は嫌がっていたのか?」 「……いえ、姉は…もう決まったことだと……」 私は櫻子姉様と晴彦さんの恋愛を、一番そばで見てきた。 二人とも惹かれあっているのに、身分差という見えない壁に拒まれて話すことすらままならない。 私だけが二人の気持ちを知っていて、そのもどかしくも甘酸っぱい関係をずっと応援してきたんだ。 ……このまま櫻子姉様に縁談がこなければ、晴彦さんとの結婚も夢ではなかったのに───── 「……二人が諦めても、私は諦めきれません。」 男が小さなため息を漏らした。 きっと呆れているのだろう…… 店に背広を着た中年の男性が入ってきて、男のそばに駆け寄り一礼した。 「社長。ゴーン様がもうお見えです。」 「そうか。早かったのだな、すぐ行く。」 男は新聞を丁寧に折りたたむと椅子から立ち上がった。 ああ…行ってしまう…… 「姉の恋愛を応援するのは勝手だが、おまえには覚悟があるのか?」 覚悟とは援助のことだろうか…… 結婚がなくなれば当然それもなくなるわけで…… でも世の中、お金より大事なことがあるっ。 「ありますっ!」 男は驚いたような戸惑っているような、微妙な顔をして私のことをまじまじと見た。 なんだろう…そんなに私はおかしなことを言ったのだろうか……? 「そうか…ならいい。」 ゆっくりしていけと言って、男は支払いを済ませて出ていった。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!