始まりの合図

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始まりの合図

きっかけはたぶん、アレ。 目が覚めたら、世界が変わっていた。 元に戻ったというのが正しい表現だろうけど。 失わなければ気付かなかった。 日常がこんなにも色彩豊かであることや、人の浮かべる表情が人に与える影響の強さに感情が揺れ動く。 誰かの笑顔をみれば私も自然と顔が綻ぶ。 誰かが泣いていたら私の心も同じように痛み出す。 そんな当たり前のことを忘れていた。 忘れたかったのだ。 全部、思い出した。 失くした記憶が蘇る。 捨ててしまいたかったのに、逃げていたかったのに、皮肉にも、私を壊したのも戻したのも貴方だった。 友人は正気を取り戻した私を見て泣いて喜んでくれたけど、今の現状、つまり、彼と私の関係性を考えれば手放しで祝福することは出来ないらしい。 やり直すのか、どうするのか。 それを聞かない代わりに、当時の私が知らなかった新たな情報を教えてくれる。 彼は初めから私に対して不誠実で、恋に浮かれて周囲が何も見えていなかった私の方こそが浮気相手という事実。 今にして思えば、納得出来る部分は多々ある。 私達はあの時、確かに別れた。 関係は終了し、私は彼を本命の元へ無事に帰せたはずだ。 なのに、彼が今もこうして傍にいるのは、愛している と言ったのは、キスをしたのは、なぜ? あたかも私が大事で大切だと言わんばかりに振る舞うのも、優しくするのも、あり得ないぐらいに扱いを変えたのも、なぜなのだろう? 二番目の女から別れを切り出され、彼の矜恃を傷付けた? 便利で都合の良い女を失うのが惜しくなった? それとも、私が原因で本命の彼女と喧嘩でもしたの? 分からない。 彼が分からない。 何を考えているのか、何をしたいのか。 もう目は覚めている。夢から覚めている。 どんな思惑も関係ない。信じてはいけない。 そう分かっているのに。 心のどこかで期待してしまう。 都合良く解釈しようとする浅ましさが自分の中に残っている。
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