それを『なに』と、私は呼びましょう

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 あんなに咲いていた桜は全部散った。母屋と寮、そして会社は広い敷地内に一緒くたに立っていて、その周りを桜並木がぐるりと取り囲んでいる。森久保沙希(もりくぼ さき)の家から中学校は遠い。申請を出して自転車で通学している。中学校に近づくにつれて、夏服の生徒たちがじわじわと増えて来た。夏前のそわそわした感じなんざぁ大っきらいだ。長い夏休みに向かって、ふわふわとまるで浮き足立った周りの連中は、殊更今の気分を逆なでして来る。加えての昨日の出来事だ。 「全く、吃驚させないでよね」  沙希は絞り出すように声を出した。大き過ぎる独り言に、同じく登校している生徒たちがぎょっとしたように彼女を見つめる。ヘルメットを籠に入れて、自転車を降りるとじったりと引き始める。早足で歩く彼女は、中学一年にしてはスカートが短めだ。それと言うのも入学してからニョキニョキと背ばかり伸びて、あっという間に長い脚が剥き出しになってしまったからだ。スポーツは嫌いではないが、小学校時代の交通事故の影響により体育会系の部活に入るのはためらわれた。短距離走は変わらず速いので、陸上の大会などは出たりしている。髪型はいつもショートボブ。小学生の頃は長く、三つ編みにしていたが、あることがあって短くしてしまった。今起こっている事柄も、同じ男の影響によるものである。昨日、幼い頃から一緒に成長してきた男にしょうもないことを言われてしまった。詰まるところ昨夜、告白されたのだ。家の従業員に。
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