それを『なに』と、私は呼びましょう

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 顧問へのプレゼントは、昨年まで部活にいたOGに聞いた(商店街で偶然出くわして勧められた)玉露入りの玄米茶と湯のみにした。渡すのは明日ということで水内が預かり、部活の皆とさよならする。帰宅する沙希のリュックには、片方だけになった水色のスニーカーが詰まっている。それがゴロゴロと何だか落ち着かない。沙希の心も同じである。 「ただいま~」  心持ち沈んだ気持ちで玄関を開ける。そこには大吾に投げつけた水色のスニーカーの片割れが、隅の方でキチンと沙希を待っていた。玄関に腰を下ろすと、リュックから片割れを取り出して並べて置く。 「お、お嬢、おかえりなさい」 「吉住(よしずみ)さん、ただいま」  『森久保運送』の従業員、吉住が台所から割烹着をつけて現れた。今日の夕食当番は彼のようで沙希はわずかに喜ばしく思った。父親の飯は大雑把だからだ。吉住は、若く見えるが四十代半ばだ。沙希が生まれた時にはもう三十代で、その頃から全く変わらない。あまりトラックには乗らず、電話対応や経理などの雑務をこなしている。 「今日は暑いんで冷しゃぶにしましたよ、手を洗って来てくださいね」 「はぁーい」  吉住、大吾、あと佐藤渉(さとう わたる)という従業員は、会社の敷地内の寮で暮らしている。しかしそこではなく、夕飯や朝食を沙希の住んでいる母屋で一緒にとることが多かった。恐らく父親も仕事でいない時が多いこの家で、沙希が寂しく思わないようにできた決まりごとなのであろう。佐藤は三十代半ばで、少しずんぐりむっくりした猫背の男だった。マイペースで休憩が多いが、驚くほどタフネスで頼り甲斐がある。と言うのは父親の意見だが、沙希にとってはぬぼーっとしたどこか憎めない家族の一員だった。リビングの前を横切ると、父親と佐藤がくつろいでいるのがチラ見える。長く一緒に暮らして同じ物を食べている二人は、何だか親子みたいによく似てきた。……あれ? 「父さん、大吾は?」  手を洗ってうがいしてからリビングに腰を降ろすと、父親の代わりに佐藤が答えようとする。欲張って口一杯に冷しゃぶに添えられた水菜を頬張っていた。 「ふゃいふゃいたふゅのいひゃいで」 「佐藤、飲み込んでから言え」 「はい」  父親の注意にゴクリと佐藤の喉が鳴る。 「お得意様の依頼でちょっと遠くまで行ってもらってるんです」 「じゃあご飯とっとかなきゃですかね?」  吉住が暖簾をくぐりながら父親に尋ねた。吉住は男性にしては色が白く、たおやかな外見をしているので、まるでこの家の母さんように思える。 「いや、今日はどこかで食って来るそうだ」  そう言っておかずの大皿を受け取った。沙希は心を乱されないように正座すると、 「いただきます」 と箸を親指の間に挟んで手を合わせた。口いっぱいにおかずを頬張ってなみなみと動かしながら、佐藤がじっと沙希の様子を伺っている気がした。
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