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いや……待てよ?
『このままじゃ、嫌』紗香はそう言った。ここで私が入れば、私とふっちーだけが話す構図が出来てしまう。
私は紗香とふっちーの声が聞こえる程度には近付いて、様子を伺った。
「何で上で見ねぇの?」
「いや、ここがアリーナだよね」
……絶対違うよ、紗香。
「いや、アリーナは、フロアだろ。ま、フロアは関係者って感じだから2階が無難……つーか、こっから女バス見えんの?」
ふっちーはさっちゃんの言った『私を見に来るの』ってのを信じてんだ。鈍い男だ。
「いや、今! 朱里待っててこっち来ただけで……朱里のトイレが長いんだよ、べ、便秘かなぁ?」
……紗香……あいつめ。思わず出ていこうとした時
「あれ、お前ら知り合い?」
そんな声が聞こえた。バスパンの色からK高のバスケ部だ。
「おう! 同中なんだよ。お前らは……」
「同じクラス」
「席が隣なんだよ、な? 」
その男の子が、紗香にそう言った。“席が隣”その表現に聞き覚えがあって……ああ、紗香に告白したっていうAくんの事かと、思い出した。振られても普通に話せるって凄いな、Aくん。そう思って、こっそりAくんの顔を物陰から見た。
モテるって聞いてただけあって、背も……バスケするなら大きくもないのかもしれないけど、ふっちーと同じくらいで、その二人に囲まれた紗香が小さく見える。
Aくんには自然な笑顔を向ける紗香に……苦笑いする。それに、紗香を好きなAくんには……あの笑顔は罪だなって思う。遠目に見ている私だけが分かる、三角関係。
そこから立ち去るA君が振り返った姿に、私は足が動かなくなった。
汗で濡れた髪で……私が以前見た、たった2回とは雰囲気が変わっていた。それに……制服じゃなかったから。違う人だと、いいのに。
だけど、この胸の高鳴りとこの苦しさは……“彼”だって、言ってる。
両手で口を押さえて、しゃがみ込んだ。見つけた。やっと見つけた。紗香に、さっき話してた人なの!そう言えば……名前も知れるし、この後、話せるかもしれない。
彼が……Aくんじゃ、なければ。
ピーッと笛の音が鳴り、私は正気に戻った。
「遅かったねぇ! 何、便秘ー?」
紗香のこんな言葉にも言い返せない。
「ねぇ、紗香って席どのあたり?」
「はぁ? 席? 窓際の後ろから3番目」
……反対側の隣の人だったらなぁ。そう思った微かな希望は『窓際』の一言で砕けた。
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