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「それよりさぁ、聞いて! さっき、ふっちーと話しちゃった」
「そっか、良かったね。バレたのなら中で見たらいいのに……」
ちょっと強い口調になってしまって、紗香が目を伏せる。
「ごめん、付き合わせて。明日は上から見るからさ」
「あ……いいよ、別に……」
慌てて取り繕ったけど、自己嫌悪。紗香は悪くない。分かっているのに、黒い感情が湧いてくる。
「上のギャラリーにはさ……むっちゃんいるんだよね? もしかしたら、ちぃこちゃんとか、他にもふっちーを見に来た子がいるかもしれない。何か……勇気がいる。宣戦布告みたいで……」
「……そうか、そうだね」
紗香は女子の人間関係に疲れていた。むっちゃんもそうで……きっと、ちぃこちゃんはちぃこちゃんで疲れてると思う。
それもこれも、全部、コントロール出来ない誰かの恋心と誰かの恋心が混じったものできっと、誰も悪くない事がほとんどだ。もっと上手くやれたのかもしれない。でも、テストみたいに答えはない。
ふっちーは一人しかいなくて、ふっちーの心はふっちーしか知らなくて……恋は楽しいだけじゃないって、私も知ってる。
「ごめん、紗香」
「ん? 何が? 多分、今が一番楽しいのかも……」
紗香がそう言った。
「今が?」
「そ、キャーキャー言ってる時がさ。このドキドキとわくわくと、一言喋っただけで……頑張れそうな……ごめん、ちょっとにやけるね」
そう言って、紗香は顔を崩した。ふっ、面白い。
「ちょっと分かるな」
「苦しいけどね」
紗香がそう言って小窓を覗く。
「ふっちーがね、たまに、視線をギャラリーに走らせるの。何か会話したり、ジェスチャー送ったり」
「そりゃあ、クラスメイトとか知り合いいたら、話すでしょ」
「分かってる。だけど、それがむっちゃんだったりして……。ふっちーもむっちゃんを好きになったりして……。そう考えたら、苦しい。例えば二人が付き合ったら、ふっちーに彼女が出来たら、私はどうしたらいいのかな? この気持ちは……行く場を失くすのかな?」
「好きでいるのは自由だよ」
「そうだね、だけど、彼女のいる人を好きでいるのって、楽しいとは言えないね」
「彼女じゃなくて“好きな人”ならどうなんだろう……」
「彼女も“好きな人”だよ。別れるのを待つ?
それも違うよね。自分の好きな人が自分を好きになるって、奇跡だね」
……
「……本当、そうだね」
「……だから、今が一番楽しいのかもしれない。まだ何もわからない今が」
紗香がもう一度、そう言った。
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