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たった1回会っただけの私を、彼が好きなわけなどない。絶対ないって言える。
「朱里のあの人、いた?」
「うーん、よく分からない。いない……かも」
どうしても、紗香に言えなかった。私の好きな人がAくんだって……。紗香はAくんの事を好きではない。だけど、Aくんから告白されたことでB子とギクシャクして……辛い思いをしている。
今、私が好きだった人が、実はAくんだったって分かれば……紗香はどう思うだろう。私と気まずくなるのだろうか。
紗香の為、なんて綺麗事で……私の好きな人が紗香を好きで、紗香は私の好きな人を何とも思ってないなんて……虚しくて、紗香には知られたくなかった。彼が私を好きじゃないことなんて、分かってる。存在だって、知らない。とっくに忘れてるだろう。
だけど、せめて……彼の好きな人が、私の知らない人なら……良かったのに。私は彼の名前を知るチャンスを逃しているのだろうか。
キュッ、キュッとバッシュの音が体育館から聞こえる。練習が再開したのだろう。
体育館の中に入れば、彼がいる。毎日のように、彼に会いたくて本屋さんへ向かったのに。その彼が、この壁隔てて向こうにいる。彼の目は、練習の合間に、紗香に向けられるのだろう。それが、辛い。
本当だね、紗香。苦しいね。これは、苦しいって気持ちだ。彼の目が紗香に向けられるのはとても苦しい。どうしたらいいんだろうね。
やり場をなくす。私の恋は……やり場をなくしたんだ。それが、とても……苦しい。ここからは、この後はどうしたらいいんだろう。
好きでいるのは自由、だなんて。好きでいるのか、いないのか、決めたら、好きじゃなくなるの?好きじゃなくなってくれるの?胸のあたりが、暗くて重い。好きでいたくない。私は、こんなにしんどいなら、好きじゃなくなりたい。
もう、あの本屋さんには行かない。この体育館にも来ない。そしたら、好きじゃなくなるのかな。
「明日は、2階から見よう」
紗香がそう言った。
「紗香、明日は、私……」
「むっちゃん、紹介してくれる? お互い知ってるのに、何となくスルーしたくないな」
「うん、分かった」
一瞬、ほんの一瞬……明日は、しっかり彼が見られるって思って、私は頷いた。こうなっても、私は彼を……見たいんだ。その事で、更に自覚する。私は、彼に恋してる。
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