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「え」 「え、じゃねぇよ。その髪で、どうしてオッケーだと思ったかな……」  わしゃわしゃと担任は、頭を掻いた。彼の髪の毛は、俺と違って黒い。 「だって校則には何も書いてないじゃないですかぁ!」  転校三日前に、俺は生まれて初めて、美容院で髪を染めた。茶髪? いやいや、その程度じゃ、俺のオタク感は薄まらない。まったく。気合いを入れるためにも、もっと個性的で明るい色を目指した。 「っていうか、地毛! 地毛ですぅ」 「ピンクの髪した日本人がいるかっ!」  そりゃそうだ。アニメや漫画じゃあるまいし。しかも、美容院に行く前に挨拶に訪れているので、担任は黒髪の俺をばっちり目撃している。 「突然変異っす! 三日前の朝、起きたらこうなってたんです!」  それでも俺は、地毛だと主張する。  前の学校は校則が厳しかった。俺自身は、髪や顔を弄る違反はしていない。漫画はこっそり持ち込んでいたけれど。捕まるようなヘマはしなかったが、目の前で恐ろしい光景は何度も見てきた。  生活指導の教師によって連行された女子が、朝とはまるで違う顔になって戻ってきたのだ。室内でいったい何が行われたのかを考えるだけで震える。  生徒手帳の校則が書かれたページを熟読したが、「髪をピンクに染めるべからず」という項目はなかった。クラスメイトだって、明るい茶髪の人間もいる。隣に座っている女子だって、カフェラテ色って感じだ。 「ともかく! お前は放課後、生活指導室だ!」 「え~……」  転校初日で生活指導室送りとか、まともな友達できそうにない。敬遠されるの間違いなし。ピンクの髪じゃオタク受けも悪そうだし、俺、もしかしてぼっち確定か?    助けてくれよ。派手頭仲間だろ。  隣の女子に情けない視線を送ってみるが、彼女はぱっと俺から視線を外した。はっはっは。そんなにピンク頭の男が怖いか? ……そうだな、怖いな。  今日は始業式だけで、午前中で帰れるのに。生活指導室に連れていかれたら、腹が減るじゃないかぁ……ぐうう。  誰も助けてくれないので、うなだれて着席した。ここは一度、受け入れて、放課後ダッシュで逃げることにしよう。  ……なんて、俺の計画は担任に見透かされていた。つか、そもそも座席の位置が最悪だった。通路側なのはいいけど、一番前って。スポーツとは縁遠いオタクが、どう見てもスポーツマンのマッチョ中年(担当教科は体育じゃなくて、英語だ)の瞬発力から、逃げ切れるわけがなかった。  二秒で捕まって、抵抗むなしく廊下を引きずられる。 「痛い! 痛い痛い痛い! 離して!」 「離したら逃げるだろうが」  せめて耳じゃなくて、腕とかにしてほしい。馬鹿力で引っ張られたら、耳がもげちゃう。 「逃げないから~……!」  情けない俺の悲鳴が、廊下に響き渡った。始業式後のホームルームが終わるのは、どこのクラスも似たり寄ったりの時間で、喚き声に「なんだなんだ」と教室の内外からぶしつけな視線を向けられる。そして俺のピンク頭を見て、どこに連れていかれるのかすぐに理解し、道を開けるのだった。  抵抗すればするほど、被害を受けるのは俺なので、黙って付き従うつもりなのに、担任が離してくれない。どうしてこんなに信用がないんだ。髪の色のせいなのか。  耳の痛みがいよいよヤバイ。そのとき、初めて俺の姿を見咎めた人物が現れた。
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