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翌日もまだ、学校は午前中のみ。まだ授業はない。委員を決めたり、学年集会があったり、まぁいろいろ。
昨日の担任の言葉どおり、学級委員は呉井さんに決まった。立候補者はおらず、一目でわかるお調子者男子が、「呉井でいいんじゃね?」と言い出す。
「で」とはなんだ、「で」とは。失礼な奴だ。そう思うが、生来の「パリピ怖い」という感情が邪魔をして、黙っていることしかできなかった。
呉井さんは、「わたくし呉井円香でよろしければ、謹んでお受けいたしますわ」と、胸に手を当てた。恭しく王命を受け取る女騎士のようで、ドキドキする。
アニメだと、金髪碧眼のエルフがよくなる役職だ。ついでに同人誌だと、オークに敗北して「くっ、殺せ!」とか言いながら慰み者に……って、やめよう。呉井さんを穢してはいけない。彼女は気高くあらねば。
妄想を振り切り、俺は呉井さんの委員長就任を、温かく見守る。けれど、クラスの連中は違う。隣の人間と声を潜めて話をして、くすくすと笑う奴もいる。それは決して好意的なものではない。
その反応が解せなかった。耳を澄ませていると、「クレイジー・マッド……」「ここは舞台か?」という中傷が聞こえた。
芝居がかっている、というのは否定しない。でも、前者の「クレイジー・マッド」とはなんぞ?
俺の疑問は解消されることなく、時間は過ぎていく。あっという間に放課後だ。
呉井さんはつかつかと近づいてきて、微笑んだ。清らかで、控えめな花のような笑顔に動悸が激しくなるばかりだ。
「それでは参りましょうか。明日川くん」
話をするのは教室ではない。ついでに校舎も案内してくれるというから、助かる。本格的に授業が始まる前に、学校の構造を把握しておかないとな。
彼女は手短に説明をしながら進む。途中、購買でパンを二つ買った。案内のお礼に、彼女の分も買おうとしたが、「わたくしすでに、昼食は用意されておりますので……」と、断られた。
「たまには菓子パンもいただきますよ。メロンパン、美味しいですよね」
俺の手の中のパンを見て、にっこりと笑う呉井さんに、メロンパンを押しつけた。
「で、デザートとか、家に帰ってからのおやつとかにどうぞ!」
一度は断った彼女だが、他人からの好意を無下にはしないタイプだ。ありがとうございます、と受け取って、それから「わたくしの家のお弁当も、召し上がってくださいね」と、嬉しいことを申し出てくれる。
呉井さんの家の弁当は、どんなのだろう。おしゃれなサンドウィッチか、それとも上品な和食か。少なくとも、うちの母親が作るような、でかさだけが取り柄の歪なおにぎりは、入っていないだろう。
しかし、彼女が持っているのは学生鞄のみだ。到底そこに、弁当箱が入るとは思えない。俺の指摘に、彼女は種明かしをする。
「もうすでに、今から向かうところに用意してくれているのです」
「へぇ……そうなんだ」
もしかしたら、シェフがいる可能性があるんじゃないか、これ。その場でラクレットチーズ(テレビでしか見たことない)を炙って溶かして、パンや肉の上にでろーん、と載せるんじゃないか。
何せ彼女が最後に向かったのは、家庭科室だったのだ。そこで豪華フレンチを食べる呉井さんを想像した。味気ないテーブルでも、三ツ星レストランのように見えそうだ。
そんな妄想をしていたが、呉井さんが手をかけたのは、家庭科室の隣の、もっと小さな部屋だった。
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