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 転校してから一か月が経とうとしている。  その間に俺が得意になったのは、校門前で風紀チェックをしている天敵たち―から逃げることと、呉井さんの話に適当な相槌を打つこと、それから教室中の好奇の視線を受け流すことだった。  転校先で心機一転、オタクからややパリピ(前の学校で一番人気があった奴を参考にする。あいつはオタクの俺にも話しかけてくれる、いい奴だった……)を目指そうと、髪をピンクにしたのが運の尽き、ちょっと変わった子に絡まれることになった。美少女だから、悪い気はしないけどさ。  今日も今日とて、金髪を咎められている女子生徒を一方的に生贄に捧げ、その横を駆け抜けて風紀検査を免れた俺は、教室にたどり着いた。後方の席をちらと確認する。彼女はまだ来ていない。 「明日川、はよ」  声をかけられて、「おはよう」と返す。挨拶は人間関係の基本だからな。なるべく感じのいい笑顔を浮かべた。たとえそれが、あんまり好ましい相手ではなかったとしても、それをおくびにも出さずに対応する。処世術ってのはそんなもんだ。  何せクラスの連中が話しかけてくる話題なんて、ひとつしかないんだからな。 「なあ。お前、クレイジー・マッドと一緒にいて、頭おかしくなんない?」  当の本人は登校していないにも関わらず、彼は声を潜めた。クレイジー・マッドだ。何ができてもおかしくない。居合わせていない場所での陰口も察知されているかもしれない……そんな不安から、自然と小声になるのだろうけれど、呉井さんにはそんな特殊能力はない。  ただ、ちょっと……いや、大いに変わっているだけだ。  さて、なんて答えたもんだろうか。ちょっと迷う。約三週間、俺は彼女と彼女を守ろうとする男たちに振り回されて、愚痴を言いたい気持ちにもなる。  が、陰でこそこそ言うのは好きではないし、それこそ瑞樹先輩たちは……俺の陰口を察知しそうで怖い。  ここは当たり障りのない話で終わらせるべきだと判断して、俺は「別にそんなことないけど」と言った。クラスメイトは納得していない様子で、鼻を鳴らす。 「お前とクレイジー・マッド、付き合ってるんだろ?」 「は?」  え、ええー? なんだそのデマ。「みんなそう思ってるぞ」と付け足されて、俺は顔面蒼白だ。  その噂、どこまで広がっているんだろう。  生徒の間だけなら、大丈夫。瑞樹先輩はいとこの呉井さんを大切に思っているけれど、近づく男を容赦なく斬って捨てる男ではない。厳しい試験は課すだろうが。  問題はもう一人の方だ。  仙川恵美は円香お嬢様をお守りすべく、学校務めをしているという、とんでもない奴。お嬢様に変な虫がつかないように、ただでさえ切れ長の目を鋭く光らせている。呉井さんと話している最中に、何度か肩が触れ合いそうになっただけで、射殺されるほど睨みつけられたこともある。  もしも彼の耳にまで届いていたとしたら……言い訳をする暇もなく、殴り飛ばされるに違いない……いや、八つ裂きかな?  とにかく、否定しよう。本人の口から強く否定すれば、噂も沈静化するはずだ。俺は考え考え喋る。勢いまかせの考えなしに話をするのはいけない。
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