二匹と一人

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二匹と一人

(……まずい…) 道の向こう側から中年の女性が歩いて来るのに気付き、青年は道の脇に逸れ顔を伏せた。 だが、その行為はあまり意味がなかったようで… 女性は、大きく目を見開いてまるで若い女のように甲高い叫び声を上げ、今来た道をものすごい勢いで引き返して行った。 「あ~あ…」 女性が逃げる際に背中の籠からこぼれ落ちた真っ赤な林檎を見て、黒猫のラルフが呆れたような声を出す。 「……リオ、せっかくだからもらっといたらどうだ? このままここに転がしておくのも林檎が不憫じゃないか?」 ラルフの言葉にリオは苦笑しながらも、手を差し伸ばして真っ赤な林檎を拾い上げた。 「それもそうだね…」 リオは、拾った林檎を自分の上着の裾で何度かこすり、光沢の出たその肌に小気味良い音を立ててかぶりつく。 「うん…おいしい林檎だ。 甘酸っぱくて、香りも良いね。」 リオの評価を聞かずとも、彼の口許から漏れ聞こえるシャリシャリという音が、林檎の新鮮さを感じさせた。 「レヴィもお食べ。」 リオは、林檎の欠片を左肩の鳥の前に差し出した。 薄黄色の羽根を持つ鳥は、差し出された林檎を嘴で突付き、新鮮な林檎の味を堪能すると、一度、大きく羽根を羽ばたかせ、やがて、美しい声で歌い始めた。 「……よほど美味かったんだな。」 ラルフは、レヴィの歌声に心地良さげに目を細め、どこか遠くをみつめる。 「……さぁ、そろそろ行こうか!」 リオは、弾みを付けて林檎の芯を遠くの空へ投げ捨てた。 レヴィは、揺らいだリオの肩から落ちないように身体のバランスを取り、脚の先にぐっと力を込めながらも、その歌をやめることはなかった。
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