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「社長は、何か知っているんですか?」  廊下の奥で照明が消えた。もう消灯時間なんだろう。周囲に人の気配はない。  父親が死んだ時、社長は二十二歳で就職したばかり。専務は十七歳だった。 「当時あの家にはまだローンが残っていて、お金がかかった。そして母は父を亡くしたことで、とても寂しがり屋になってしまった」  そこで、お金を稼いでくる役割は就職した兄が、母親と一緒にいて家を磨き上げる役割は妹が、担当することになった。社長は、海外赴任を命じられて家を出た。 「専務は大変だった。部活もバイトもせず、まっすぐ家に帰って、家事を次々こなす。大学進学もできなかった。就職はできた。しかし、家から会社に通うことが条件だった。母の世話をさせるために……ぼくは海外を点々とする生活が続いて、家に帰るのは年数回だったから、うまくいっていると信じていた」  社長は憑かれたように喋り続けた。 「専務、いや和子が倒れたと聞いて久々に帰ってみると、母は痴呆症だった。和子はそれを一人で背負って、仕事もこなして、体を酷使したあげく腎臓病を発症してしまった」 「仕事一筋だった、ぼくには家のことなど何もできやしない。社内の派閥抗争に巻きこまれ、仕事も失敗して、会社でも孤立していた」 「絶望の中で思い出した。ぼくは元々小説が好きだった。ぼくは深夜に文章を書きだした。現実逃避だった。でも新人賞を受賞して、ぼくは会社を辞めて作家になった」 「母が亡くなり、ぼくも生計が立つようになって、妹に楽させてやれると思った時、もう透析を受けるしかないと診断された。だが、あいつは透析は受けない、と言った」 「どうして‥‥」 「透析を受けるために、ずっと続けてきた仕事を辞めなくてはならない。『わたしは、恋も、結婚も、子どもも全部諦めて生きてきた。それなのに仕事さえできなくなったら、わたし、世の中の役に立っている? 社会に、兄さんに負担をかけて生きていくなんて嫌』」 「ぼくは必死で説得した。作家業を法人化して、あいつに専務になってもらった。専務には給料を出すから、透析のない日だけ家に来てもらえばいいと言ったが、『部屋を借りるだけの給料は払えないでしょう?』と言って同居を続けている」  社長は喋り疲れたかのように、目を瞑った。
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