二人だけの国

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「佐倉、もう閉めるんだけど」  手紙から顔を上げると、クラスメイトの清豊(きよたか)太一が不機嫌な顔で見下ろしていた。 「ああ。清豊、図書委員だっけ」  どうやら、残っているのは香織一人のようだ。  香織はあわてて、机の上に広げている勉強道具と手紙を片付け始めた。一応、試験も近いし、教科書やら問題集やら広げてみたが、ちっとも手につかなかった。香織が小一時間眺めていたのは、昨日祖母の家で見つけた手紙だ。家に置いておくのは何となく不安で、学校まで持ってきてしまったのだ。 「それ、佐倉が書いたの?」  無遠慮に、頭の上から清豊が声をかけてきた。香織はぎょっとして、清豊を見上げる。 「あんた、まだいたの。ちょっと、人の手紙、勝手に覗き込まないでよ。信じらんない」 「覗いてないよ。見えただけ。中身も読めなかったし」  読めなかった、だと?  微妙な言い回しに気が付いて、香織は片眉を吊り上げて怒ろうとした。 「でも、それ佐倉の字じゃないよね。てか、今時の高校生でそんな字書く奴いないよ。えっと、近…こんって読むのかな?(こん)真二朗様?」  香織が文句を言う前に、清豊は手紙の入った封筒を、もはや遠慮なしに覗きこんで言った。  封筒に書かれた宛名は少しつなげられて書かれ、香織には読みにくかったが、確かにそう読めた。 「だれ?」  香織を見た清豊の顔が思ったより間近で、香織は言うべき文句を呑み込んでしまった。 「知らない」  無理やり眉間にしわを寄せて、香織はそっけなく言った。 「ひと様の手紙を勝手に持ってきて、読んじゃあいけないと思うけど」  自分のことは棚に上げて、清豊は挑発するように言う。  こいつ、むかつく。  香織はイラつきながらも、なんとなく気分が軽くなっている自分に気が付いた。 「おばあちゃんの遺品整理で見つけたの。机の奥に隠されるようにしまわれていた。気になって持って帰っちゃったけど……」  清豊にしゃべってしまっているのは、たぶん清豊が自分とは全く関係ない人間だからだ。クラスでしゃべったこともほとんどない。  興味を示されなくて、引かれる可能性もあったが、香織はそれでも別にいいと思った。清豊に引かれたところで、クラスでの生活には何の支障もない。  しかし、清豊は別に引かなかった。 「……確認だけど、近真二朗さんはおじいさんじゃないよな」 「じゃないよ。おじいちゃんは佐倉順三」 「ふーん。じゃあ、それは夫に秘めた恋だったのかな」  秘めた恋なんて言葉をサラリと言って、清豊は考え込む表情になった。 「いや、それにしちゃあ、内容がね」  香織はそう言って、手紙を封筒から出そうとした。その手を、清豊は急に手を伸ばして抑えた。思わずドキッとしてしまい、少女マンガじゃあるまいし、と香織は自分で突っ込んだ。 「待って。もう閉館時間だから、早く閉めて鍵を先生に返しに行かないと。先生が見に来るよ」  そう言って清豊は、香織の手を抑えていた手をあっさり離すと、鍵を持って電気を消しに行った。香織も教科書やらと一緒に、手紙を急いでカバンに突っ込み、図書室を出る。出る時、清豊が鍵を閉めようと待っている横を、すり抜けた。  心臓が少しドキドキしていた。  馬鹿みたい。先生が来たって、悪いことしてるわけじゃないのに。  それでも、なんとなくやましい気持ちになっていることに、香織は気が付かないふりをした。 「その手紙、明日見せてよ」  鍵を閉め終えた清豊が、なんでもないことのように、香織に言った。  少し先を行きかけていた香織は、結果並んで鍵を返しに行く羽目になった。 「明日って、学校で?」  そう訊くと、清豊がニヤリと笑った。何となく罠にはまった気がして、思わず身を引いてしまう。 「放課後、デートしようか。学校の奴がいないところ」  こいつ、こんな奴だったっけ?  無害だけど、たいして興味もなかったクラスメイトの男子を、香織は初対面のような気分で眺めた。  清豊は鍵をクルクル指で回しながら、ご機嫌に言う。 「だって、知ってる奴がいたら困るでしょ、佐倉。外の方がいいじゃん」  間違っていないけれど、本当に正しいのか不安を感じながら、佐倉は頷いた。 「外の方がいいね。デートじゃないけど」  最後の言葉は、清豊には聞こえなかったようだ。何の反応も示さないまま、「じゃ、明日な」と手を振って別れた。
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