二人だけの国

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「確かに、こりゃハードだな」  清豊は例の手紙を眺めながら、ため息をついた。  二人は市立図書館の庭にあるベンチに座っていた。デートっぽくなるのも癪なので、高校生らしく図書館で勉強しようと香織が言ったのだ。 「でしょ」  合いの手を入れながら、香織ももう一度手紙の内容をじっくり見てみる。  この手紙の主と近真二朗は一体どういう関係なんだろうか。『あの夜』、二人の間には何があったのだろう。『見捨てるというのなら』というくらいだから、見捨てられたくなかったのだろう。しかし、見捨てたら死ぬと言って脅しているわけではない。見捨てられたら、死ぬまで一人だろうと言っているのだ。つまりずっと貴方だけを…… 「この字、佐倉のおばあさんの字か?」  清豊の声で、現実に戻された。封筒には宛名はあったが、差出人の名前はなかった。  清豊に言われて、もう一度字を凝視する。  香織は首を横に振った。 「分かんないな。おばあちゃんの字、そんなに見た記憶もないし」  年賀状は来ていた気がするが、昔の人の字は判別がつかない。 「でも、おばあちゃんの家にあったということは、おばあちゃんが書いたんじゃないの?」  香織が訊くと、清豊はうーんと唸った。 「内容も字も女の人が書いたんだとは思うけど、保管していた人が書いた人とは限らないだろ。だれかから預かったのかもしれない。見つけて隠したのかもしれない。大体自分で書いた手紙を自分で持っておくか?」 「確かに」  香織が思わず感心すると、「まぁでも」と清豊は続けた。 「佐倉のおばあさんだとしても、そうじゃないとしても、この手紙は、近真二朗に出されていない。……出すつもりがなかったのか、出せなかったのか」 「へ?」  香織が間抜けな声を出した。 「お前な……」  清豊が呆れた顔をしたので、香織はムッとする。 「住所書かないで手紙が届くかよ」  宛名だけ書かれた、切手も貼っていない手紙。封すら糊付けされていなかった。 「て、手渡し?」 「『貴方はどこにいるのですか』なのにか?」 「そのうち、書こうと思っていたとか」 「だから、そのうちが来なかったってことだろ」  少しイラついた口調で清豊が言った。 「あ」  いきなり、香織は理解した。 「じゃあ、やっぱりそれおばあちゃんだ」 「ん?」 「だって、そんな大事な他人の手紙、預かったりできないでしょ」  封もしていないのに。  清豊は少し顔を上に向けて、考えるふりをした。 「たぶんな」  あきらめたように言うと、立ち上がった。 「で、どうする?」  そう訊かれて、香織は面食らった。 「どうするって、何を?」 「まだ、この手紙を追求するのかってこと」  清豊の大きな体で、香織の上には影がおちた。  祖母は夫ではない男への、熱烈な手紙をずっと大事にしまっていたことになる。香織の記憶では、祖父母の夫婦仲はとてもよく、三年前に祖父が亡くなった時、祖母はとても悲しんだ。  こんな手紙を隠し持ちながら、祖父の死に涙していた祖母を思うと、香織は先を知るのが怖くなった。 「わたしは知りたい」  香織は清豊を見上げて、はっきり言った。  祖母は自分がもうすぐ死んでしまうことを知っていた。死を見越して、身の回りの整理はきちんとされていたと母が言っていた。それにもかかわらず、あの手紙は残されていた。香織があの場所の整理を託されるのを、祖母は分かっていたのではないか。祖母はあの手紙を、わたしに見つけてほしかったのではないか。  確信とまではいかないが、香織にはなんとなくそんな気がした。 「そうか」  清豊は頷いた。 「じゃあ、近真二朗が誰なのかを突き止めなくちゃな」
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