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ホテル行こっか
二人が吐く白い息が都会の夜空に吸い込まれる。
変な沈黙が流れる。
タイムリミットが近い。
「どうする?」
「ホテル行こっか(笑)」
「れなこが言うと冗談にならないから(笑)」
「風俗嬢だからね(笑)絶対にリュウをその気にさせる自信があるし」
「その気にならない自信もあるわ」
「リュウの彼女さんは幸せだね」
れなこが寂しそうに呟く。
ずっとやり取りをしていたから知っている。れなこがどれだけM君とのことで傷ついているかということを。
二人の関係は微妙だ。
そのか細くて白い腕首には沢山のためらい傷がついている。
それを微塵も感じさせない彼女の健気さが切なかった。
もう夢の時間はもう終わりにして、自分の居場所に戻らなければならない。
けれどもう少し一緒に居てあげたい。いや、もう少しだけでいいから一緒に居たいと思った。
「ホテルはダメだけど、カラオケにでもいこっか。 居酒屋ももうやってないし」
「いいね(笑)潰れるまで飲むぞー!」
「明日、朝からバイトだからムリ(笑)」
「あたしも仕事だしなー。夕方からだけど」
そのままカラオケに入り、2時間の飲み放題コースを選んだ。
そこでも時間を惜しむように、二人ではしゃぎまくった。
けれども朝5時から2時間のロスタイムは一瞬で過ぎ去った。
今まで生きてきた中で一番短い2時間に感じた。
店を出たときには既に池袋の街が明るくなっていた。
カラスがゴミ袋をつつき、早朝通勤の大人が駅から吐き出され、朝帰りの大学生や水商売の人たちが駅に吸い込まれていく。
初冬の朝は肌寒く、皆足早に過ぎ去っていく。
そんな人の流れに、俺たちは取り残されてしまったようにゆっくりとした足取りで駅に向かった。
どちらともなく、互いの手で互いの手を温め合い、もう二度と会うことがないだろう寂しさに口数が減っていた。
東上線の駅のホーム。
改札口の前で繋いでいた手を離す。
れなこはその手を上げて、そのままバイバイと俺に向かって上手な笑顔を浮かべた。
俺はれなこが乗った電車が見えなくなるまでその場で見守った。
会った時にはなかったはずの大きな穴が胸に空いていた。
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